妄想徒然ダイアリー

映画と音楽とアレやコレやを

ブライス・ダラス・ハワードとジェシカ・チャスティンの見分け方。【映画】『ロケットマン』雑感。

わたし達はどうしても物語を求めてしまう。バンドでもアイドルでもスポーツ選手でも、彼/彼女達を巡る物語に感情移入する際に感動出来るストーリーをツールにしがちだ。

もちろんそういったストーリーも彼らを成立させている要素だし、そのストーリーが我々に与える快楽も抗えない魅力があるのも事実だ。しかし、時にそれは過剰なストーリーを彼/彼女達に負わせる事になり、本来の姿から乖離したものを追い求める事に成りかねない。

なんてね。

という事で観てきました。

ロケットマン

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エルトン・ジョンを演じるタロン・エガートンは素晴らしかった。吹き替えなしでトライしたという歌唱部分もレベルが高く、ちょっとした表情や眼差しの変化によって内面を表現する演技も良かった。

しかし、こればっかりは相性というものがあって、しっくりこない時はしっくりこない。これはもうどうしようもない話。残念ながらわたしにとってこの作品はそういう類いのものだったのかもしれない。

この作品で取り入れられたミュージカル演出は正直なところ成功しているとは思えなかった。ミュージカル演出自体が悪い訳ではない。周りで踊るダンサーたちの技術は高いし、表情の作り方や流れるように主人公に絡んでいく動きも滑らかだ。しかし、その高い技術に裏打ちされた動きは豪華なフラッシュモブを観ているかのようで少し気恥ずかしく感じてしまった。理由は…よくわからない。

エルトンとバーニーの関係やそれを巡る葛藤も唐突感があって置いてけぼりにされたような気分だ。スターとなったエルトンの苦悩、家族関係に起因する孤独、長年ソングライティングのパートナーとしてやってきたバーニーとの関係が乖離していく事の悲哀…。そういった要素を描こうとしている意図は伝わる。伝わるんだけど…。

どうせならド派手なエンタメ路線に振り切っても良かったんじゃないだろうか。

もちろん輝くような場面もいくつかあって。特に『ユア・ソング』が出来上がる瞬間のキラメキは素晴らしいし、子供時代と向き合うプールのシーンもグッとくるものがあった。

あと好きだった場面はジョン・リードがエルトンの頭をそっと撫でた時に「あ。毛が抜けた」ってなるところ。次第に衰えていく身体と自己表現の手段としての派手な衣装とどう向き合っていくかという問題。どうせなら、この辺もう少し掘り下げてもよかったのかな、なんて個人的には思いました。

まあ、こんなところです。

最後は派手にドカンとライブシーンで締めくくって欲しかったけどね。2010年グラミー賞でのレディガガとのコラボなんて最高だし。「スピーチレス」から「ユア・ソング」になるとこなんて鳥肌モノなので動画サイトで探して観てみて下さい。

そういう意味では内面を描く事とエンタメに振り切る事のバランスが良くなかったのかもしれませんね。

あとさ、言わせて下さい。ロケットマンつってホントにロケットみたいに飛んじゃいけないと思うんだ!

1時間どん兵衛の魔力。8/23(金)『red cloth 16th ANNIVERSARY マキタスポーツ/眉村ちあき』雑感。

という事で行ってきました。

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red cloth 16th ANNIVERSARY マキタスポーツ/眉村ちあき

 

先行 眉村ちあき

わたしはその直前に流れていたというツイキャスを観ていない。ただsnsなどで目にする情報や彼女のツイートなどから曲作り等においてナーバスになっていることは想像はできた。しかし、それらはバラバラのパーツを組み合わせた答え合わせに過ぎない。そのため彼女がMCで語っていたスランプの話の背景について実感がないというのが本当だ。

ただいくつかの場面で感極まって目を潤ませている眉村さんを観ると感情が揺さぶられてしまうのもまた事実。

特に『ほめられてる!』の前後はかなり心が不安定なように見えて少し心配すらしてしまったくらいだった。それが理由なのかどうか判らないけれど、この夜の〝君とわたしが音で繋がった今日は特別な日って思えるんだ〟という歌詞がかなり印象的に感じられた。心をグッと掴むようなパワーがあったように思う。

f:id:mousoudance:20190824005637j:image『ほめられてる!』のイントロがちょっとスカっぽい感じでカッコ良かったですよね!

同じように「歌詞、忘れちゃった」と言いながら途中で歌うのをやめてしまった『面会』も、もしかしたら眉村さんの中で急にスイッチが入れ替わったのではないか、と邪推してみる。

あのまま『面会』を続けていたら彼女は泣き崩れるほど感情を乱してしまったのかも知れず、自らそれを察知して一瞬の判断で『ナックルセンス』に突入したのではなかろうか。なんて。

この夜のコールは全体的に密度が高く感じた。気のせいかもしれない。多分気のせいなんだろう。眉村さんのライブが久しぶりだったこともあってそう感じているだけかも。でも、それくらいヲタク達のコールや声援に気持ちがこもっていたのかもしれない。

時にシューゲイザーバンドのギタリストのように。f:id:mousoudance:20190824011919j:image

時には満面の笑みを浮かべてf:id:mousoudance:20190824012134j:image

そして肩をクイっと入れて踊るf:id:mousoudance:20190824012247j:image
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最後は『インドのりんご屋さん』で締めくくる。f:id:mousoudance:20190824012954j:image
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わたしは彼女の心の葛藤は読めない。そんな事は知るよしもないが、しかし彼女が「マユムラー達といるのがハッピーだよ。たまに八つ当たりするかもだけど(大意)」と言う以上、今目の前にあるライブ、その一瞬一瞬を浴びるようにして楽しむしかない。そして、事実楽しい。

もちろんフロアは笑顔だ。

前にも言ったけど、某リーダーが言っていた「笑顔の天下を獲る」というゴールは眉村さんが成し遂げるような気もしている。

後攻 マキタスポーツ

しばらく続けていた禁酒を解いたわたしは、混沌とした状態のドリンク列に根気強く並び生ビールをゲットした。そしてようやく手にした生ビールを一気に飲み干す。そして身動きも出来ないまま、後方の位置でステージを観る事になったが、それはそれで正しい位置だったような気がする。

謡曲、Jポップをポストモダン的に解体し笑いに変えていく「オトネタ」のステージは、ただただ楽しい。見覚えのあるネタもあれば、初見のネタもある。そういったネタを観ながら感じるのは、そこで使われる楽曲群が我々聴き手の素養として定着している事に対する小さな驚きだ。

尾崎豊長渕剛もサザンも西野カナミスチルRADWIMPSも一枚もレコードやCDを買ったことはない。特にファンとして好きだったわけでもない。それでもそれらの音楽はあらかじめインプットされている情報のようにわたし達の中にある。だからこそネタが笑えるわけだけど、それって何気に凄い話しだよな、と改めて思ってみたり。

一瞬ここがレッドクロスなのか新宿末広亭なのか分からなくなる。連発されるネタはまさにマキタスポーツという人の才能が溢れかえっていて、ただただゲラゲラと笑う1時間だったけど、そんなステージの終盤に凄い場面が訪れる。しかも2度。

1度目は「キラキラ校歌のコーナー」(勝手につけた名称です)だ。このネタをやる前にマキタスポーツさんはこう説く。

「最近は小学校などにポップスが入り込んできている。しかし本来ポップスとは毒なんだ。危険なものなんです」

そういう意識を与えておいて、まずはオーソドックスなオリジナル校歌を歌う。そして徐々にその校歌はポップス化が進む。つまりは毒性が増していく。最後にはヒップホップからEDMっぽい曲へと変容していく過程でフロアは自然と熱を帯びてくる。手を挙げ、叫び、踊り、身体を揺らす…。そう、ポップスが持つ毒性に感染するように。その光景を後方から眺めていると、このネタが持つ享楽と悪意が表裏一体となっている様に震えた。ぷるぷると。いや、あまりお笑いにこういう表現をするのはよろしくないが、このネタは一筋縄ではいかない深みを感じる。

そして2度目はラストの眉村さんとマキタさんのコラボだ。直前に決めたその曲は、なんと『浅草キッド』!これは素晴らしかった。いや素晴らしいという言葉は適切ではないかもしれない。

もちろんマキタさんと眉村さんとではこの曲に対する距離感、スタンスは全く異なるものだ。しかし、そういった違いも越えてフロア内に響き渡るふたりの唄声はわたしの感情を複雑にかき乱す。途中からは殿の唄声も脳内に響くようになって泣いてしまいそうになる。

最後にはマキタさんと眉村さんの笑顔のツーショットで終了。(写真は撮れず)

いやー良いライブでした!!!!

最後に眉村さんの写真をいくつか上げてさようなら。

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シーズ・ガッタ・ハヴ・エロ。Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』雑感。

古い話で申し訳ないが、昔のエロ本は局部が黒く塗りつぶされていて、やれバターで消えるだのと言った噂が飛び交っていた。

バターで失敗したわたしはウチにあった母ちゃんの除光液をこっそりと使って見たものの、勿論印刷されたインクが消えていくだけで目の前に現れる真っ白なスペースを虚ろな目で見つめていたあの頃。理屈では判っていても試さずにはいられない、そんな中学生の飽くなきエロへのチャレンジ精神を嗤う事は出来ない。

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『全裸監督』予告編 - Netflix - YouTube

という事でみました。

『全裸監督』

村西とおる黒木香という稀代のトリックスターを描いたこのドラマはラブストーリーであり敗者達のワンスアゲインの物語でありクライムストーリーでありホームドラマであり…そしてエロ文化の歴史だ。

現状の日本ではNetflixという環境でしか作り出せなかったこのドラマは、今、この令和の始まりにおいて(或いはあらゆるパラダイムシフトが崩れそうな今こそ)観るべきと言いたい。言いきりたい。

全8話で構成されたこのシリーズは、村西とおる(とその仲間たち)のサクセスストーリーを軸にしながら、平行してひとりの少女が自分を縛りつける鎖から何とか逃れようとする姿が描かれる。その少女、恵美こそやがて伝説のAV女優黒木香となる訳だが、この黒木香を演じる森田望智が素晴らしい。不勉強ながら初めて目にする女優さんだったが、終盤まるで黒木香が乗り移ったかのようにその身に纏ったオーラは(やや大げさに言えば)奇跡の賜物だろう。彼女のキャスティングでこのドラマの成功は約束されたのではないか。

テーマがテーマだけに過剰な性描写は多い。年齢性別関係なくその点が視聴のハードルになっている事は間違いないが、そういったリスクを超える感動がこのドラマシリーズにはある。

村西のドラマパートでは英会話教材のセールスマンに始まり、エロテープ販売、ビニ本、アダルトビデオ制作とエロ業界でのし上がっていくサクセスストーリーを堪能できる。どん底を味わった男がその怪しいパワーで這い上がっていく快感がそこにはある。

また街のチンピラであったトシに誘われるままエロの世界に足を踏み入れた村西が徐々に川田、後藤、三田村、順子と仲間を増やしてAV業界で革命を起こしていく姿は、ケイパーモノのワクワク感と同時に青春映画の趣すらあって、不思議と甘酸っぱさを感じたりもする。

最初のAV作品となる「バスジャック甲子園」を撮影をする事になる第3話〝ひっくり返すんだよ〟を是非見てほしい。既存の映画人達が村西達を見下して撮影現場を去る時に村西はこう言い放つ。

「あんたらのクズみたいな作品より俺のエロの方が沢山人を喜ばせてんだよ!!!!」

この啖呵から手作りで撮影していく一連の流れは、映画作りのエッセンスが詰まっていてかなりグッとくる。チーム村西の誕生の瞬間でもあり重要なエピソードのひとつだ。

主役のAV女優奈緒子を演じた冨手麻妙さんもわたしは初見だが、この人も素晴らしい。森田望智さんとともにドラマの顔だと言っていい。

打ち上げの豚足をみんなで食べるシーンまで含めて前半のハイライトだろう。この豚足のシーンはゴッドファーザーにおけるコルレオーネファミリーの食事場面に通ずると言うのは言い過ぎだろうか。

第5話〝開花〟では平行して進んでいた村西と恵美の物語が遂に交錯する。その時のカタルシス、抑圧から解放された黒木香が誕生する瞬間の美しさは最高だ。

涙がこぼれそうになるのは何故だろう。恵美が自己を獲得していく事への喜びに感情移入しているのかもしれない。または窮地に陥った村西にとって逆転一発を賭けるべき女神が現れた事への喜びなのか。わたしの感情は恵美と村西の両方を行きつ戻りつしながらかき乱されていたのだと思う。

村西と黒木香の物語はここから一度また離れていく。離れていくと同時にその絆は強くなっていくようで、シリーズ終盤に向けてドライブしていく黒木香のストーリーはそのまま村西のストーリーの重要なパーツとして再び絡み合ってくる。この構成もなかなかグッとくる。

2人の物語がある種の高みに達すると同時に、チーム村西にも変化が訪れる。特にトシの物語は哀しくも切ない。

エロテープで始まったトシと村西の冒険はシリーズ終盤に大きな局面を迎える。このシーンで描かれる2人は、あの時『バスジャック甲子園』の打ち上げで豚足を齧っていた日から遠く離れてしまっている。そして2人のやり取りを見つめているのは『バスジャック甲子園』のポスターの中の奈緒子だ。これが泣かずにいられようか。

最初に言ったようにこのドラマシリーズには様々な要素が詰まっている。アウトレイジな場面での震えるような恐ろしさもある。サクセスストーリーの醍醐味もある。そういった要素を盛り込んだドラマが現状の地上波では作りえない環境で制作されていて、その事自体がエポックな事件だ。

大きな芸能事務所にいながら、いやそういったメジャーな場所に居場所がある山田孝之だからこそ業界に風穴を開ける事が出来るのかもしれない。そんな事を期待させる令和の幕開けに相応しい作品だ。これが成功しなければ日本映画、ドラマの未来は暗い。

シーズン2が観たいような、観るのが怖いようなそんな気分です。

 

雑感メモ

  • リリー・フランキー石橋凌も迫力満点だが國村隼演じるヤクザの古谷、怖すぎる!!彼もまたワンスアゲインの物語の主人公のひとり。
  • そんな古谷の子分役の二ノ宮隆太郎の存在感も凄い。あんな目に合っちゃって…。
  • シレっと出てくるピエール瀧。眼力は流石でやはり日本映画界に欠かせない人だよなぁ、と改めて。
  • 数々のAV女優の皆さん。中でも川上奈々美さんのエピソード、良かったなぁ。
  • 伊藤沙莉ちゃんの何ともいない眼差しも最高です。
  • 時代考証に拘っている今作の中で、ひとつ気になったのは三田村(柄本時生)が持っていたウォークマン。昭和末期にオーバヘッドの型はちょっと古いのではないか。あの頃だと小型化されてイヤフォンタイプが主流ではなかったかな、と。
  • そしてもちろん山田孝之村西とおるっぷりの凄さ。あの独特のイントネーションの再現。「お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません」は今口にしたい日本語のひとつ。

アイドルど真ん中で愛を叫ぶ。8/4(日)初めてのTOKYO IDLE FESTIVAL 2019 第3日雑感。

きっかけは…フジテレビ!

とかなり古いギャグをやってしまったが許してほしい。多分暑さでボーッとしているんだと思う。

そう。まずは眉村さんが初出場するというニュース。そしてもちろんフィロのスちゃんも出る。え!新しい学校のリーダーズも?

となれば参加するしかない。この3組が同日に出演するのは金曜日と日曜日、自ずと最終日の参戦となった。

という事で初めてのTIF、体験してきました。

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到着するとリストバンド交換列に思ったより人が並んでいる。一瞬怯むが、サクサクと進み無事リスバン交換。

いやしかし暑い。いや熱い。凍らせてきたレモン水も早くもシャーベットになりかけている。

まずは個人的にメイン会場となるスマイルガーデンとDOLL FACTORYを偵察して会場間の移動をシュミレーションする。

何しろ初めてなので〝歩き方〟がわからない。サマソニなど何度か行っているフェスだと会場間の移動や入場規制の雰囲気などが何となく掴めるが、その辺の情報が足りていない。スマイルガーデンとフジヨコステージがどれくらい離れているかの感覚が抜けている。

なんて事をボーッとしたら頭で考えながらスマイルガーデンへ。

ハロプロ・研修生ユニット

名前も曲も知らないが、やはりハロプロとしての基礎がしっかりとしていると思わせるステージ。なるほどアイドル虎の穴としての底力を感じますね。

眉村ちあき

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気がつけば1ヶ月ぶりのLiveになってしまった。わたしの中でかなり〝眉村ちあき不足〟の状態。そういった渇望状態を差し引いたとしても姿を見るだけで気分が高揚する。

開演前にチラ見をする姿も可愛くて、どうしていいかわからなくなりましたよ。

〝スクワットブンブン〟では次第にスクワットする人たちが増えていったような気がする。

やはりこの日の白眉は〝ピッコロ虫〟ですね。導入のギターソロも1ヶ月前よりは確実に様になっていて…というような事すらも吹っ飛ばすようなアイドル讃歌がこの灼熱のステージに相応しいようにも思えて。

「えーお!」とか「バブバフバブ!」というようなコール&レスポンスがお台場の空へ響く様は何とも痛快であったことよ。

最後の投げキッスまで含めてビゲストラブ(biggest love)に溢れたひとときでした。

残念ながら特典会には参加出来ず。

フィロソフィーのダンス

もはや貫禄すら感じるステージ。登場してきた瞬間にスッと空気が変わる感じ(自分が推している、というのはあるとしても)は、これからグループとして大きくなっていく予兆のようなものを感じながらの20分。

新曲〝ダンスorダンス〟は今日も4人の楽しく踊る姿が印象的だし、〝ダンス・ファウンダー〟でハルちゃんのフェイクがどこまで響いていたのか想像してみたりもする。

それにしてもあんぬちゃんの髪型可愛すぎるでしょ。

predia

スカイステージの入場はスムーズで、「楽勝だな」と思っていたが、エレベーターを降りるとそこには長蛇の列が。帰りの人達のエレベーター待ちの様子を見てややビビる。更に屋上までは階段を登っていかなかければならず、これが結構キツかったです。正直、引き返そうかと思ったくらい。

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しかし登ってみれば爽快で、ああ、これはHEY!HEY!HEY!Perfumeが出たときに見た事のある、あのステージじゃんか!と思うと、遮るものがなく熱さも倍増するこの場所もまた一つのメインステージでもあるように思えて。

さて、predia さんのステージは経験に裏打ちされた堂々した姿が印象的。抜けるような青空と白い衣装がマッチしていて、文字通り眩しい。

後ろの方で控えめに身体揺らしながら音楽に浸るひととき。

途中で次の出番の為にバックヤードを歩いてくるキラキラ衣装を着た女の子達がSNSに上げるであろう写真を撮っている姿が目に入ったりして、何というか説明出来ない色んな感情が込み上げる。

しかし、ちゃんさん?ですかね。MC聴いてるとなんか不思議な魅力がありますね。

まなみのりさ

フジヨコスタジオ、遠い。しかしその遠さを乗り越えて観に来て良かった。

わたしは彼女たちを追ってきているわけではない。広島出身ということもあってメディアで名前を目にすると応援したい気持ちは持っていたが、Liveを観に行ったりという事はしてきていない。

一度だけ広島でフリーライブを見かけた事がある。その時はちょうどベビメタの広島凱旋Live(SU-METAL聖誕祭)を観に来ていて、その翌日まさにベビメタがLiveをやったグリーンアリーナの側の公園で歌い踊る彼女たちを観て「ああ、この子達にもアクターズスクール広島の遺伝子が流れている!」と思った記憶。

そんな彼女達のステージは、積み重ねてきたLiveに裏打ちされたかのような自信を感じる堂々としたものだった。そこに集まったアツク盛り上がるヲタク達を見ていると何故か込み上げるものがある。この感情はなんだろう。途中、ヲタク達がグルグル回る場面があって、それを度々スタッフが止めに入るのも微笑ましかった。そんなに激しい動きでもなかったけどね。

あ。そうそう。途中ワンマンを宣伝するフリップを持ちながら歌い踊る姿には、ベテランとしての余裕と雑草魂を感じて最高の瞬間でした。

開歌-かいか-

まなみのりさの前に見たこのグループ。全く予備知識なかったんですけど良かったですよ。

グループ名が表す(そしてメンバーがMCでも表明する)ように歌、ハーモニーを大切にしていくというコンセプトがよく伝わる。

初々しさはもちろんあるけれど、これから輝く原石かもしれないと思わせる何かはあったような気がします。

ChuningCandy

こちらも全くの所見。だが何となく名前に聞き覚えがある。沖縄発のグループと聞いて思い出した。ちょっと前にメンバーのひとりが仲間由紀恵と一緒に〝沖縄の芸能人〟と言ったくくりでバラエティに出ていたんじゃないかな?

その時はかなりバラエティ寄りの扱いだったけど、このステージ、なかなか良かった。EDMをバックに踊り歌う姿はキライじゃない。まあ、わたしなんか踊ってる途中で肩がクイって入ったりするだけで喜んじゃうんですけどね。

新しい学校のリーダーズ

個人的にはこの日のベストアクトにあげたい。そんな15分だった。

やったのは〝毒花〟と〝迷えば尊し〟の2曲。その他の時間は組体操と〝エンドレス青春〟ラップに費やすという潔さ。やろうと思えば4曲くらい出来たかもしれない。それはそれで観客を圧倒しただろう。しかし2曲でありながらビートの効いたトラックとともに繰り広げられる激しいダンスは、明らかに前後のグループやTIFの文脈とは離れたような異色の空間を作り出していた。Liveグループとしての面目躍如と言っても良いくらいの濃縮還元っぷり。

終盤にSUZUKAさんによる煽りでグワッと〝ぷっちゃはんざっぷ〟する手のひらが上がって来た時のカタルシスは最高だった。

「皆さんはいつまでたっても青春を謳歌して可愛い女の子を追いかけて下さい。私を理想の彼女にして良いんですよ」というMCは、まさにアイドル現場ど真ん中のこの場所においてこそ相応しい金言であったかもしれない。

フィロソフィーのダンス×predia コラボステージ

良いものを観たという爽やかな気分で外に出るとかすかに聞き覚えのある旋律が聴こえてくる。ダンス・ファウンダーだ!!

predia ×フィロのスコラボステージのラストだけ観る事が出来た。無銭エリアからではあったがスマイルガーデン内で沢山の手が揺れている眺めは最高だった。最後しか観られなかったけどそれだけでも価値のある時間だったと言いたい。

特典会

時間の都合上、眉村さんとリーダーズの特典会は諦めるしかなかったので、あんぬちゃんツーショット一本に絞って列に並ぶ。

私服風衣装とでも言うのでしょうか、まあとにかく4人とも可愛いしか言葉が出ません。この日は奥津さん→あんぬちゃん→ハルちゃん→おとはすという並び。

もちろんわたしは遠くに見えるあんぬちゃん可愛いなぁ、と思いながら順番を待っていたわけですが、何故か視界に隣の奥津さんの姿が飛び込んできて…。ええ、ガン見しましたよ。

まねきケチャ

初めてホットステージに向かう。

入場規制がかかっていてしばらく待機列に並ぶ。しかし比較的スムーズに列が進んでいった。一日体験して何となくわかったけど、列は長くなっていても割とスムーズに消化されるようだ。何度か待機列に並んだが、ストレスを感じるほど待たされるような事はなかった。

会場内はなかなかのパンパンで、ちょうどまねきケチャが最後の曲をやってる時だった。

お判りかと思うけど、もちろんわたしは初見だ。曲も知らない。しかしパンパンのフロアに鳴り響くコールや踊るヲタク達の様子はどこか懐かしさも感じるような甘酸っぱい気持ちになるような、不思議な感覚になった。これは他のグループにも言える事だけど、ヲタク達が熱中するには何かがそこにはあるからで、そういった何かを持っている事のユニーク(唯一の、と言う意味での)さというのはアイドルにとって大事だし、それは外野からとやかく言うものでもない話だな、と当たり前の事をぼんやり考えてたりした。

さくら学院

ベビメタからの流れで色々と動画をdigしたり配信番組を見ていたりはしたが、Liveを観るのは初めて。

最後列から眺める光景は色んな思いが交錯し、わたしに感情ミルフィーユ状態をもたらしていた。

特に「キラメキの雫」が印象的で、唯一持っているアルバムが2015年度のものだったりするわたしにとっても思い入れがある曲。

かつて、あの大きな生徒会長をその小さな身体で抱き上げた転入生の藤平華乃ちゃんが生徒会長になっているという時の流れ。15年度の生徒会は3人とも事務所を離れ芸能活動から身を引いている。その一方で脈絡と受け継がれていくさくら学院というグループの存在。

そういった事が頭の中で駆け巡り、かなりエモーショナルな時間となりました。

最後には生徒会長が大事に受け継いでいくと宣言して歌い始めた「夢に向かって」。これ、アツかった。

 

という事でわたしの初めてのTIFは終わった。

気になるグループを見逃したり、夕暮れのスカイステージやグランドフィナーレを見たかった気もするけど、盛りだくさんな一日で大満足。

しかし、この日焼けをどうやって職場に説明するか、それがとりあえず今の課題です。

止まるな!走れ!甦れ!【映画】『ワイルド・スピード/スーパー・コンボ』雑感。

とある映画にて登場人物達が政治的トピックを語る中で、唐突に「そんな事よりさ、ワイスピの新作楽しみだよね」的セリフが飛び出るシーンがあって大爆笑した訳。

という事で観てきました。

ワイルド・スピード/スーパーコンボ

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『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』最新予告映像 - YouTube

正直なところワイスピシリーズにはぼんやりとした距離感しか取ってなくて。WOWOWかなんかで放送しているのをたまたま見かけるとかその程度で、劇場で観た事はない。

もちろんドウェイン・ジョンソンジェイソン・ステイサムが関わっている作品に間違いはないというのも判ってはいるが、「公開したから観に行かなきゃ!!」となるシリーズではなかった。

では何故観に行ったのかというと理由は二つある。

一つ目は池袋のグランドシネマサンシャインのBestiaという上映システムを体験したかった事。前回この劇場版ではIMAXレーザーGTで『天気の子』を観たがそれほど他の上映システムと比較して映像の優位性を感じなかった。川崎のIMAXレーザーを初めて観た時のような衝撃はなかった事が何となく引っかかっていて、ではこのBestiaというのはどんなものかな、というのを気軽に試してみたかったというのがその理由の一つ。

で結論から言うと映像はパキッとしたクリアさが感じられて個人的には好印象。特に肌の質感、ロック様の顔がアップになったときなんかは毛穴まで見えてる感じ。音の方も重点音が効いていて、立体感は驚くほどではないけどなかなか迫力はあったんじゃないかな。あくまで個人的意見ですけど。

そしてもう一つはヴァネッサ・カービーの存在。彼女を観るためだけに劇場に行ったと言っても良い。予告編で彼女の姿を目にした時に「あ。これは観たいかも」と思った。

『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』でも小さな役ながら強い印象を残した彼女だが、今作においても魅力を発揮している。

この世でないどこかを眺めているかのような眼差し。ヒルな表情をするかと思えば、眩いばかりの笑顔を魅せる。とにかく観ていて飽きない。

どこまで彼女が実際に動いているかは判らないが、アクションシーンもカッコいい。銃の構え方も様になってるし、終盤のコンテナの上をピョンピョンと飛び跳ねながら走っていくシーンだけでも観る価値があると思わせる。

いや実際にそのシーンはスタントマンかもしれない。というかおそらくそうだろう。しかしそうだとしてもハッティという役柄をヴァネッサ・カービーが演じているという前提があって、ハッティがそこにいて走っているというリアリティがそこにある。と思うんですよ。

で。そのハッティを中心にとしてホブス(ドウェイン・ジョンソン)とショウ(ジェイソン・ステイサム)が男臭く活躍していくストーリーは直線的で明快だ。シリーズにぼんやりとしか接していない自分でもわかりやすい設定で戸惑う場面は全くと言っていいほどない。確かに細かい背景やシリーズ特有の伏線などはあるのかもしれない。でもそれは初見の観客のスムーズな鑑賞を妨げるものではない。

半ば強引にカーアクションへ持っていくあたりもむしろ痛快で「ニトロ発動!!」の場面のカタルシスも良いバランス。

監督はデビッド・リーチ。『デッドプール2』はもちろん『ジョン・ウィック』も『アトミック・ブランド』も大好物なわたしにとって楽しさ抜群。あの人も出てくるしね。

今回、まるでアメコミのヴィランのような立ち位置にいるブリクストンを演じるイドリス・エルバのオーラも素晴らしく、時折見せる哀しみを帯びた瞳が良い。そして英国キャスティングという事で言えば、エディ・マーサンヘレン・ミレンの存在も作品に品格を与えてくれている。

冒頭映画開始の前にスクリーンに映し出される日本語タイトルの際の静けさ。それに続く東宝東和のロゴは、なんというか甘酸っぱい中学生マインドを思い起こしてくれるようで、そこも含めて楽しい2時間余りでした。

モッシュは禁止出来ても踊るのを止める事は出来ない。7/29(月)フィロソフィーのダンス『Singularity4 with Have a nice Day!@渋谷クアトロ』

安全のためにはある程度のルールや規制は当然必要だ。と同時にわたし達の自由度も一定レベルで守られなければならない。

つまり何が言いたいかというと、誰にもわたし達が踊る事を止める事は出来ない。

と言う訳で行ってきました。

Singularity4 』

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物販でハルちゃん生誕CDを買おうとクアトロのエレベーターに乗ると途中で茶髪で小柄の可愛い女性が入ってきた。どうやらG Uで買い物をしてきたらしい。どこかで見たような気がするが多分気のせいだろう。奥津さんにすごく似ていたけど。

更にロビーで開場待ちをしているとベレー帽を被ったショートカットの女性が人をかき分け進んでいく。「うー。気まずい気まずい…」と言いながら通り過ぎていく彼女はおとはすに激似だった。多分人違いだろうけど。

 

月曜ということもあるのかあるいは一段高いスペースに陣取る人も多いこともあってか、フロアはまばら。正直ちょっと不安になるくらいの出足だった。

Have a Nice Day!

しかしそんなのは杞憂だった!まるっきりド初見のわたしは冒頭から彼らのステージに惹き込まれていた。

事前にアナウンスのあった通り、モッシュ・ダイヴ・リフト等危険な行為は禁止で、だからフロアのわたし達はそれを守った。

そう。わたし達は踊っていただけだ!ただ激しく!!

激しく踊っていたので隣の人にちょっとぶつかったかもしれない。でもみんな笑顔だ。

ステージとフロアの幸せな契約状態とでも言いましょうか、とにかく互いが阿吽の呼吸で安全なラインを守って最大限に楽しんでいる。

気がついたら「フォエバーヤーング!」と叫んでいた。

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「ラーイオット、ライオット!」と叫んでいた。「わたしを離さないで」と叫んでいた。

おしくらまんじゅうも起きていた。モッシュWODではない。あくまでおしくらまんじゅうだ。時にはその中に入り、限界だと思ったら無理をしないでサッと後ろへ退がる。

その疲労が心地よい。そして楽しい。

あっという間の1時間だった。転換時にドリンクを交換した。断酒中の身なのでミネラルウォーターをごくごくごくごくごく飲む。

 

フィロソフィーのダンス

〝アイドル・フィロソフィー〟で始めるあたり、対バン感があっていい。気のせいだろうかヲタク達のコールもひときわ大きい。

〝VIVA運命〟を観たのも久しぶりじゃないだろうか。ハバナイさんの熱さとさまた違う感じでフロアに火をつけていく。

〝ライブ・ライフ〟でのコールや推しジャン、リフトはあくまでもハバナイさんへのアンサーという事だと理解しておく。こんな夜もたまにはいいだろう。

後半はどちらかというとチルアウトさせるようなセトリ。

ちょっと上手く説明出来ないんですが〝ヒューリスティック・シティ〟のですね、あんぬちゃんがやや前傾姿勢になりながら両腕を外向きにクルクルしながら身体を起こす振り付けのところ、最高ですね!

六本木で初めて観た新曲〝ダンス・オア・ダンス〟、早くも成長しているというか。ほんとこの曲は4人がホントに楽しそうに踊っているのがいい。あ。奥津さんのジャンプ見逃した!!

最後は〝ダンス・ファウンダー〟で大団円。この夜、踊りまくったわたし達に相応しいエンディングだ。間違ったステップなんてない。フロアに鳴り響くハルちゃんのフェイクはフロアで踊るわたし達へのファンファーレのように聞こえた、というのは言い過ぎだろうか。でもそんな気分だったよ、この夜は。

しかし最近のハルちゃんはいい女ぶりが上がってませんか?バーバレラのジェーン・フォンダ的なオーラが出ているというか。

 

一見異質なように思えたハバナイとの対バン。しかし両者とも自由に踊る事への讃歌という共通点があったのではないか。

特に今夜はハバナイさんの綱渡りをするようなヒリヒリとした緊張感がありつつ、どこか平和で愛に溢れるようなステージが印象的だった。この夜自然発生的にフロアで起きた〝動き〟には自由があり、しかしその自由は無軌道ではなくお互いを支え合うような愛があったような気がする。

そう、普段立てている中指を小指に変えるかのように。

花火はリアルを超えられない。【映画】『天気の子』IMAXレーザーGT&グランドシネマサンシャインに行ってきたよ的雑感。

池袋で映画を観る、という選択はわたしの生活圏内にはないのだが、やはり新しい劇場はトライしておかなければならない。いや、ならないって事はないんですがやはりそこは、ね。

という事で池袋のグランドシネマサンシャインで『天気の子』を観てきましたよ。

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映画『天気の子』スペシャル予報 - YouTube

まずはグランドシネマサンシャインについて。

色々言われているようにやはり導線がよろしくない。4階のチケット購入フロアまでは比較的スムーズに行かれるのだが、そこから先の各シアターへの道程が今ひとつ分かりにくいというか。

いくら新しい施設とは言えこういう場所であれば直感的に目的地へ辿り着くものだが、案内表示なのか構造的な問題なのかとにかく〝何かが間違っている〟ような気になって仕方ない。

特にIMAXシアターは12階にあるのだけれど、そこまでが遠い遠い。週末であるという点を除いても4階でチケット発券して(厳密に言うとオンラインで購入した場合は発券しなくても構わない。スマホQRコードをかざせば入場出来る。しかしこれがまた色々と不案内で…)12階までたどり着くころにはポップコーンのSサイズなら食べきってしまうくらいだ。

しかし、それでも各フロアの趣きはなかなか面白く、toho系や109系にはないオリジナリティがあってそれはそれで嫌いじゃない。非日常な空間という感じがして良いと思う。

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そしてシアター12のスクリーン!デカイ!f:id:mousoudance:20190728081058j:image中央辺りの座席から撮るとスクリーンしか映らない。

ただせっかくのIMAXレーザーGTだったけど、そのポテンシャルを余すところなく体験するには『天気の子』は向いてなかったかもしれない。

という事で、

『天気の子』(IMAXレーザーGT)

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街並みの忠実な再現は、架空の街並みを描くことよりもリスクを背負っているはずだ。それは単純に現実の風景を画面に落とし込む事によって生じる物理的な労苦ばかりでない。屋外ロケでカメラを回すのと同じ行為をアニメーションで表現する際には、平凡で雑多なありのままの風景を作り出さなければ意味がない。そこに作者の美意識などを過剰に入り込ませてはいけない。可能な限り淡々と映し出す(とあえて氷河するが)事こそが大事となる。

そうやってラブホや居酒屋の看板やネオンサインをリアルなまま映し出す事が必要なのは、もちろん画面の中で描かれている世界が我々の生活しているこの現実と地続きであると意識させる為だ。そこで描かれる風景がどれだけリアルで生々しいであるかにそれは左右される。

日清カップラーメンやYahoo!知恵袋プレミアムモルツ、ロッテチョコパイという固有名詞をためらいなく(異常なほどに)登場させる事は-もちろん広告代理店的なタイアップという側面は無視できないが-それも現実世界との境界線を曖昧にし両者を溶け込ませるという効果も見込んでいるが故の結果だ。それは〝バーニラ、バニラ、高収入!!〟の宣伝カーを登場させたのが何よりの証。

雨が降り続けるという地味で平凡なディザスターはそれが平凡であるゆえに異化効果を生む。ただ空が晴れたよ、という描写をファンタジーなものに転化させたという点では新海誠の企みは成功していたと言ってもいい。

唐突に放り込まれた拳銃という暴力は平凡な世界が次第に歪み始めているという兆しだし、歪み始めた現実が唐突な爆発によってドライヴしていくあたりには単純にカタルシスを感じる。

ただそうやって雑多で平凡な-しかしだからこそ美しい-リアルが描写されていく中で、神宮の花火だけ妙に安っぽいCG感があったのは興醒めだった。あの花火はいただけない。それは細かいが大きな瑕疵であったと個人的には言いたい。

一方で多くの人が抱くであろう希薄なストーリーとキャラクター造形の浅さについてはそれほど気にならなかった。というよりもむしろそういった点は意図的に放棄しているとしか思えなかった。

家出少年や身よりのない姉弟というキャラクターはフィクションの中で幾度となく描かれてきている。或いは妻に先立たれた男性と娘との関係や就活に悩む女子大生も典型的なものだ。風景のリアルさに比較してキャクター達の造形に深みを持たせていないのは、あらかじめ観客の中に刷り込まれている物語の典型に頼っているからで、受け手の理解度に準拠する事でそういった描写に時間を割かないという選択を取ったのだろう。

そのあたりが気に入らない人には批判ポイントになる事は避けられない。全てが表層的に感じ、溢れる商品名がもたらす〝CM感〟に違和感更には反感を抱くのは当然と言えば当然だし、この作品へのスタンスの別れ道なのかもしれないね。ハマらなければ永遠にハマらず目の前で展開されるあれやこれやにテーブルひっくり返したくなるだろう。

しかしわたしはそういった側面に違和感を抱きつつも、そこで描かれる緩やかに進んでいくディストピアの様子に惹かれていった。ただ雨が降り続けるだけでゆっくりと侵食するように目の前に広がっていく街の死に様。そこに至るあれやこれやを飲み込むような〝現実〟にどうしようもなくただ逃げるしかなかった少年少女達。

2分カップラーメンを食べながらカラオケを楽しむ刹那の夜。帆高や陽菜ましてや凪はその一夜を無邪気に過ごしているが、われわれにはそれが逃げ場のない行き止まりである事が分かっている。

世の中とはそういうものだ、と須賀が言うように事ここに至っては現実的な解決方法を採る事がおそらく正しいには違いなく、実際にわたし達はそうして生きている。

それを振り切って走り出す帆高のエモーションは確かに愚かであるし、しかしそれが愚かであるからこそ、それを目の当たりにした須賀が流した涙は「大人になる事への免罪符」に落とし込んでいるようで、そこに気持ち悪さを感じてないというと嘘になる。

その一方でそういった気持ち悪さに酔う事こそが大人の特権であるとも言えて、「青春って素晴らしいなぁ(今はそんな事出来ないけど)」と涙する事で、更に気持ち悪さは増幅されるというスパイラル…。

そういったむず痒さをファンタジーにまぶしてエンタメ化する新海誠という人の持つ怪しさは現代において視界の端には入れておくべきなんだろうな、と思いながらLAWSONのからあげクンをパクつくのでした。