古い話で申し訳ないが、昔のエロ本は局部が黒く塗りつぶされていて、やれバターで消えるだのと言った噂が飛び交っていた。
バターで失敗したわたしはウチにあった母ちゃんの除光液をこっそりと使って見たものの、勿論印刷されたインクが消えていくだけで目の前に現れる真っ白なスペースを虚ろな目で見つめていたあの頃。理屈では判っていても試さずにはいられない、そんな中学生の飽くなきエロへのチャレンジ精神を嗤う事は出来ない。
という事でみました。
『全裸監督』
村西とおる、黒木香という稀代のトリックスターを描いたこのドラマはラブストーリーであり敗者達のワンスアゲインの物語でありクライムストーリーでありホームドラマであり…そしてエロ文化の歴史だ。
現状の日本ではNetflixという環境でしか作り出せなかったこのドラマは、今、この令和の始まりにおいて(或いはあらゆるパラダイムシフトが崩れそうな今こそ)観るべきと言いたい。言いきりたい。
全8話で構成されたこのシリーズは、村西とおる(とその仲間たち)のサクセスストーリーを軸にしながら、平行してひとりの少女が自分を縛りつける鎖から何とか逃れようとする姿が描かれる。その少女、恵美こそやがて伝説のAV女優黒木香となる訳だが、この黒木香を演じる森田望智が素晴らしい。不勉強ながら初めて目にする女優さんだったが、終盤まるで黒木香が乗り移ったかのようにその身に纏ったオーラは(やや大げさに言えば)奇跡の賜物だろう。彼女のキャスティングでこのドラマの成功は約束されたのではないか。
テーマがテーマだけに過剰な性描写は多い。年齢性別関係なくその点が視聴のハードルになっている事は間違いないが、そういったリスクを超える感動がこのドラマシリーズにはある。
村西のドラマパートでは英会話教材のセールスマンに始まり、エロテープ販売、ビニ本、アダルトビデオ制作とエロ業界でのし上がっていくサクセスストーリーを堪能できる。どん底を味わった男がその怪しいパワーで這い上がっていく快感がそこにはある。
また街のチンピラであったトシに誘われるままエロの世界に足を踏み入れた村西が徐々に川田、後藤、三田村、順子と仲間を増やしてAV業界で革命を起こしていく姿は、ケイパーモノのワクワク感と同時に青春映画の趣すらあって、不思議と甘酸っぱさを感じたりもする。
最初のAV作品となる「バスジャック甲子園」を撮影をする事になる第3話〝ひっくり返すんだよ〟を是非見てほしい。既存の映画人達が村西達を見下して撮影現場を去る時に村西はこう言い放つ。
「あんたらのクズみたいな作品より俺のエロの方が沢山人を喜ばせてんだよ!!!!」
この啖呵から手作りで撮影していく一連の流れは、映画作りのエッセンスが詰まっていてかなりグッとくる。チーム村西の誕生の瞬間でもあり重要なエピソードのひとつだ。
主役のAV女優奈緒子を演じた冨手麻妙さんもわたしは初見だが、この人も素晴らしい。森田望智さんとともにドラマの顔だと言っていい。
打ち上げの豚足をみんなで食べるシーンまで含めて前半のハイライトだろう。この豚足のシーンはゴッドファーザーにおけるコルレオーネファミリーの食事場面に通ずると言うのは言い過ぎだろうか。
第5話〝開花〟では平行して進んでいた村西と恵美の物語が遂に交錯する。その時のカタルシス、抑圧から解放された黒木香が誕生する瞬間の美しさは最高だ。
涙がこぼれそうになるのは何故だろう。恵美が自己を獲得していく事への喜びに感情移入しているのかもしれない。または窮地に陥った村西にとって逆転一発を賭けるべき女神が現れた事への喜びなのか。わたしの感情は恵美と村西の両方を行きつ戻りつしながらかき乱されていたのだと思う。
村西と黒木香の物語はここから一度また離れていく。離れていくと同時にその絆は強くなっていくようで、シリーズ終盤に向けてドライブしていく黒木香のストーリーはそのまま村西のストーリーの重要なパーツとして再び絡み合ってくる。この構成もなかなかグッとくる。
2人の物語がある種の高みに達すると同時に、チーム村西にも変化が訪れる。特にトシの物語は哀しくも切ない。
エロテープで始まったトシと村西の冒険はシリーズ終盤に大きな局面を迎える。このシーンで描かれる2人は、あの時『バスジャック甲子園』の打ち上げで豚足を齧っていた日から遠く離れてしまっている。そして2人のやり取りを見つめているのは『バスジャック甲子園』のポスターの中の奈緒子だ。これが泣かずにいられようか。
最初に言ったようにこのドラマシリーズには様々な要素が詰まっている。アウトレイジな場面での震えるような恐ろしさもある。サクセスストーリーの醍醐味もある。そういった要素を盛り込んだドラマが現状の地上波では作りえない環境で制作されていて、その事自体がエポックな事件だ。
大きな芸能事務所にいながら、いやそういったメジャーな場所に居場所がある山田孝之だからこそ業界に風穴を開ける事が出来るのかもしれない。そんな事を期待させる令和の幕開けに相応しい作品だ。これが成功しなければ日本映画、ドラマの未来は暗い。
シーズン2が観たいような、観るのが怖いようなそんな気分です。
雑感メモ
- リリー・フランキーも石橋凌も迫力満点だが國村隼演じるヤクザの古谷、怖すぎる!!彼もまたワンスアゲインの物語の主人公のひとり。
- そんな古谷の子分役の二ノ宮隆太郎の存在感も凄い。あんな目に合っちゃって…。
- シレっと出てくるピエール瀧。眼力は流石でやはり日本映画界に欠かせない人だよなぁ、と改めて。
- 数々のAV女優の皆さん。中でも川上奈々美さんのエピソード、良かったなぁ。
- 伊藤沙莉ちゃんの何ともいない眼差しも最高です。
- 時代考証に拘っている今作の中で、ひとつ気になったのは三田村(柄本時生)が持っていたウォークマン。昭和末期にオーバヘッドの型はちょっと古いのではないか。あの頃だと小型化されてイヤフォンタイプが主流ではなかったかな、と。
- そしてもちろん山田孝之の村西とおるっぷりの凄さ。あの独特のイントネーションの再現。「お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません」は今口にしたい日本語のひとつ。