妄想徒然ダイアリー

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世の中は汚れている。空は霞んでいるが、それでも青く広い。【映画】『すばらしき世界』雑感。

やらない偽善よりやる偽善という言葉があるが、そもそもそれは百パーの揺るぎない善意や悪意というモノがあるという前提での話で、そもそもそんなものが存在しなければ偽物も本物もないだろう。

という事で

『すばらしき世界』

予告編https://youtu.be/fBmHNlypE1E

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数々の映画やドラマで出所してきたヤクザ者が社会の中で足掻いていく様は描かれてきた。そんな作品群においては様々な紆余曲折がありながら最終的にはハートウォーミングな結末に向かっていくのが典型だったりする。黒沢清監督じゃないが※勿論「色々あったなぁ…今はこうやって幸せに」というドラマも嫌いではないし、必要だとは思うけれど、やはり人生というのはなかなか上手くいかないし、汚れを受け入れながら世の中を泳ぐしかないのもしれない。

三上というキャラクターには掴みどころのない奥行きがある。冒頭の刑務官との罪悪感を巡る噛み合わない会話はそのまま三上の複雑さに繋がっていて「今度こそカタギぞ」と誓うその言葉に嘘はないだろうが、寡黙に更生をしていく訳でもない。

彼の暴力で問題を解決しようとする姿は、たとえそれが〝正義〟からくるものであっても、やはり短絡的で当然世の中とはスムーズには相容れない。工事現場でチンピラ2人を倒した時に三上が見せたアドレナリンに満ちたような表情の狂気は平穏な生活とは程遠い。

また彼の周囲にいる〝支援者〟たちも一面的ではない。面倒見のよい弁護士もケースワーカーもスーパーの店長も、それぞれ自分の人生を犠牲にしてまで三上の更生に手を貸している訳ではなくて、例えば弁護士は孫の誕生パーティーの方を優先するし、ケースワーカーもルールや職業上の倫理に従ってその職務をこなしているだけだ。

でもそれは決して冷たくも酷くもない。彼らが一日中一年中三上の事を考えている訳でもなく、当たり前のように彼らには彼らの生活があって、その上で可能な限り事態が好転していくように願っている。それでも充分じゃないか。

三上を診察した医者は、三上の刺青には何も感じないし、きちんと彼の命の危機を救おうとしている。しかし、指導通りに安静にしていなかった事に関しては苛立ち貧乏ゆすりしてしまうのだ。

それが人間ということではないだろうか。100%の善意などないし、また悪意のみで生きている人間もいないはずだ。それは絶望と同時に希望もあるということだとわたしは思う。そして絶望感と幸福感は互いに入れ違いながらクルクルとその都度変化していくのだろう。それほどに人生は複雑だ。

そういう意味ではTVプロデューサー吉澤がこの作品の中では異形の佇まいがあった。目の前の暴力が放つ血なまぐさい臭いに耐えきれなくなった津乃田がカメラを下げたのを制した時の狂気に囚われた横顔は素晴らしいショットで、長澤まさみは短い出番ながら深いシルシをわたし達に植え付ける。

そして津乃田だ。彼の視点は観客として目の前で起きている事を見つめているわたし達と同じ位置にある。世の中が綺麗事で終わらない事実も知っているし、時には汚れた世界に馴染む自分を恥じたらはするけれど、それでも、いやだからこそ津乃田は三上が普通の平凡な暮らしをしていく奇跡を見たいと願う。物事がそう簡単に進まない事も、世の中には抜き差しならないトラップばかりなのも判ってはいるが、だからこそ人間は罪の償う事が出来ると信じたい。それはナイーブで弱々しく優しいからではなくて、そう信じないと安心出来ないからではないか。悪意や罪に満ちた世界にわずかでも救いの証がないと〝困る〟のだ。

時折、三上の過去を述べていく津乃田のナレーションはルポルタージュのような冷徹さもあり、事実から何か真実らしきモノを掘り出していこうとする姿をみていると、ある意味この物語の主役は津乃田であり我々であるかのような気にもなる。

登場人物達の中にある善意と悪意が絡み合った様はわたし達の投影でもあり、その中で何とか希望の光を探しているのもまたわたし達だ。彼はこの作品で2度画面を横切るように走っている。その方向は最初と2度目で逆向きになっていて、それは観客の視点の向きと同じだ。

津乃田を演じた仲野大賀が素晴らしかった。抑えられた声のトーン、ふとした眼差しで表現される微妙な感情の揺れ。いや良かったですね。ちょっと佐木隆三に見えたりもして。

もちろん役所広司は言うまでもない。序盤のすき焼きのシーンからすでにわたしの涙腺は刺激されていて、終始泣かされっぱなしかと思えば時に大笑いされられた。六角精児とのアパートでの会話、肩揺らすほど笑った。

その他、あらゆるキャストが魅力的で、例えば介護施設のアベくんも素晴らしかったし、その他、医者や刑務官やメインキャスト以外の細かいところにまで気を配っているのが判る。西川美和作品は『ゆれる』と『夢売るふたり』しか観ていなくて、過去作の印象としては個人的にドストライクという訳ではないし、全体的に長さが気になるけれど人間の生々しさを突いてくる描写は巧み、という感じだ。

今作も同じような印象もない訳ではないけれど、何しろ演者のパワーが半端ないので瑕疵らしきものは気にならない。その視点は優しさと冷酷さで満ちていて、だからこそ少し霞んだ空の青さを見て「この世界はすばらしい」と思えるのかもしれない。

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