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オール・ユー・ニード・イズ・缶ビール。【映画】『パーム・スプリングス』雑感。

何度でも繰り返したい楽しい日もあれば、二度とやり直したくない最悪な日だってある。

言ってみればそういったアップダウンこそが人生でもあって、わたしたちは過去の記憶と未来への希望でどうにか生きながらえているのかもしれません。

『パーム・スプリングス』

映画『パーム・スプリングス』予告編 - YouTube

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イムループ、タイムリープ系ラブコメには「恋はデジャ・ヴ」、「アバウト・タイム」など良い作品が多い。普段ありえない人生の繰り返し(やり直し)における主人公の戸惑いやチート能力がスパイスとなっているのと同時に、主人公(は主に男性であるのだが)側が一方的に感情を積み重ねて行く事のアンバランスさが生む奇妙な恋の行方がスリリングであることがその面白さの要因だと思う。今作も基本的にはそういったフォーマットに沿ってはいるのだけれど、少し違うのはタイムループに閉じ込められているのが主人公だけではない事だ。

それまでチート能力的に同じ日を繰り返す事で、それなりの楽しさを感じながら過ごしてきたナイルズだけれど、彼には死すら訪れない。彼の人生はゴールのないマラソン、いやトラックを何周も延々と走って(歩いて)いるようなものだ。ナイルズには過去も未来もない。永遠のモラトリアム。

そんなタイムループ世界にサラという予期せぬ闖入者が現れたことでナイルズの世界には変化が訪れる。何度も何度も何度も繰り返される11月9日は、まるで恋愛のステップを積み重ねるように2人の感情へ影響していく。と同時に2人の世界への向き合い方も変わってくる。

過去や未来を捨ててしまったナイルズには、人生の意味なんて考えるつもりもない。アロハシャツを着て缶ビールを飲み続けていればそれで良いし、そこにサラという仲間が加わった事で余計にその思いが強くなったのかもしれない。元の世界に戻ったとしても、そこにあるのは過去に囚われ、未来に希望のない人生が待っているのかもしれない。それならば面白おかしく暮らしていた方が楽だ。

サラも同じようにナイルズとの〝毎日〟を楽しんでいたけれど、ある事実の判明によって、その日々から抜け出す事が必要になる。そうしなければ〝必ず後悔する朝がやってくる〟からだ。そうしなければナイルズとの楽しい日々は戻ってこない。あの楽しかった日々は、今や後悔から始まる日々が永遠と繰り返されるという地獄になった。

だからこそサラの選択肢には切実さがある。そこをなかなか理解できないナイルズは、やはりモラトリアムにしがみつく子供のように見える。それと比較した時に、強い意志で突き動かされていく行動力は眩しいほど輝いていて、その姿には拍手を送りたくなる。

飄々としたナイルズを演じるアンディ・サムバーグも良かったし、特徴的な表情が印象的でどんどんと魅力が増していくクリスティン・ミリオティも最高だった。洞窟に入る前の表情、目の演技素晴らしかったです。あとピーター・ギャラガーね。この人が画面の中にいると空間が歪むというか、その世界が尋常ではないモノであるように思えて流石の存在感だった。

そしてわたしはJ.K.シモンズ演じるロイこそが実はこの物語の主人公であったような気が今している。ロイが最後に見せたあの表情は、永遠に閉じ込められる事への諦観のようにも感じられるし、同時に希望に寄り添うような光を感じている気もする。ロイこそ元の世界に戻らなければならない男で、そんな彼の11月9日はこれからどうなるのか。どんな選択肢だったとしても、それもまた人生なのかもしれない。