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富くじ・イン・ニューヨーク。【映画】『イン・ザ・ハイツ』雑感。

今さら、ミュージカルに対してそのおかしさを突っ込んでいくスタンスも古いような気がして。唐突に感じる歌唱は表現スタイルのひとつとして許容するようになってきている。

『イン・ザ・ハイツ』

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映画『イン・ザ・ハイツ』本予告 2021年7月30日(金)公開 - YouTube

だからこそ作品を受け入れるには一定のクオリティとその世界観に入り込めるかどうか、がひとつの鍵にはなる。

という訳で、少しハードルを上げ過ぎていたところもあったのと上映時間の長さは気になるものの、ケレン味のある映像と音楽で楽しませてくれたので満足しています。

ミュージカル(舞台・映画ともに)をそれほど観てきた訳ではないけれど、印象としては話法そのものはオーソドックスだったと思う。心情を歌で表現し、モブキャラ達もキレキレのダンスをするスタイルは、ザ・ミュージカルという感じだ。裏を返せば、ミュージカル映画を表現として更新させた、とまでは言えないかもしれない。

しかし、明るくて派手な画面の裏にあるハードな現実をテーマに織り込んでいるあたりは現代的。『ドゥ・ザ・ライト・シング』のような激しいアジテーションはないけれど、ストレートなメッセージは胸を突くし、ニューヨークのうだるような暑さはどこか共通するムードがあった。

ワシントンハイツに暮らす人達は背景も経済環境も様々だ。それでもコミュニティとして強い関係性を維持しながら日々過ごしている。成績優秀で英雄的な存在であるニールや男性達の憧れの的であるヴァネッサも、ひとたびそのコミュニティから出た瞬間に社会の仕組みに跳ね飛ばされてしまう。彼女達はマージナルな存在として扱われてしまう。いくら貯金をしてようがアパートを借りる事すらままならない。スタンフォード大学という場に身を置きながらも、スタンプのように押された偏見によって孤独感と疎外感を抱かざるを得ない。その残酷な社会の仕組みは決してこの作品の中で大きくて変わる事はない。不動産屋がのルールを曲げてヴァネッサに部屋を貸す事も、スタンフォードにおいて寛容度が増しニールを級友達が温かく受け入れてくれるようになる事もない。そんなファンタジーは訪れず、ヴァネッサもニールも現時点は今ある社会の仕組みに身を委ねるしかない。これからも理不尽な壁にぶつかりながら生きていくしかない。

ニールの父親(ベイル・オーガナ元老院議員!)が「お前はエリートじゃないか」という時、娘が一発逆転の人生のチケットを掴んだとう確信がそこにはあるのだろう。そう思う親心も理解できるし、ニール(とベニー)が「そのエリートの道はワシントンハイツで暮らすのと同じように茨の道なのだ」という主張もまた共感できるものだ。結果的にニールの選んだ道は〝正しい〟のだろうけれど、その大きな目標が達成される保証はどこにもない。夢はやすやすと与えられるものではないということか。

ウサナビが思い描く将来像も〝小さな夢〟とはいうものの、お金を貯めてハイさようなら、というわけにもいかず、コミュニティ(と家族)の問題が付き纏う。いとこのソニーの事も考えなければならないが、そこには移民問題と経済的な問題が絡んでくる。おちおちヴァネッサと恋愛している暇もない。

ウサナビもニールもヴァネッサもベニーもソニーも、その人生をどうにか好転させたいともがいているけれど、なかでもソニーの抜き差しならない状況が胸に迫る。ウサナビがとりあえず今日は楽しく踊ろうぜ!と言ってる中でソニー(とヴァネッサ)だけは「こっちはそれどころじゃないんだ」と現実を突きつける。そんなソニーの問題についても一定の解決策は提示されるけれど、そこにも必要以上なファンタジーを期待させるような事はしない。そういうところも誠実に感じた。

とまあ、色々言ってきたけれどそういった社会問題を扱いながらも、全体的に明るいミュージカル仕立てになっているのが良いですね。

好きだった場面をいくつか。

  • 宝くじで皆んながあーだこーだいってるプールの場面。落語っぽくて好き。しかし、なんというかパーティピーポーだよな、みんな。
  • 美容室トリオの場面は全体的に明るくて良いんだけど、いよいよ街を出るよって時に中庭で皆で歌い踊るシーン。そこでカーラ?が自分のルーツを織り交ぜながら「わたしは移民する民よ!」的な事を言ってキメるシーン。カッコいいし、なんか、グっときました。
  • クラブシーンでヴァネッサが見せた絶望の表情。
  • ウサナビの台詞。「ソーダガンをこう、ジョン・ウィックみたいにダンダンダンと。
  • ホームパーティーで作られてた煮込み風料理。あれ、凄く美味しそうでした。
  • ヴァネッサが街を歩くときに建物のあちこちから降りてくるカラフルな垂れ幕。

などなど…。『ラ・ラ・ランド』みたいにテーマが頭に残ってぐるぐるするような曲はなかったけれど、終盤の展開もアツいものがあったし、よく出来た作品ではないでしょうか。

それにしても作品の中で、苦しいとされている生活レベルが明らかに自分より良く見えるってのは、どう考えれば良いんでしょうか。