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チンパンニュースの悲劇。【映画】『NOPE』雑感。

予告編を観た時から、期待値が爆上がりで「多分、これは※※について語った作品なのではないか?」という想像をしながら劇場へ向かった。

『NOPE
映画『NOPE/ノープ』最新予告<8月26日(金)全国公開> - YouTube

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「知らぬ間に、得体の知れない恐怖空間に巻き込まれていく」展開もありながら、思いの外ストレートなゴールへ向かっていく事への快感、カタルシスもある。ホラーでありスリラーであり、そして良いSF映画を観たような気分もある。

人種問題にフォーカスされたテーマやキーワードが、バランスよく配置されていて、そういう意味でもジョーダン・ピール作品のランドマークが記された作品だったと思う。

という事で、以下ネタバレありで。

 

 

 

予告編でホルストが映画撮影用のカメラを構えて〝何か〟を捉えようとしている姿を観た時、「ああ、これは〝撮る事〟つまりは映画を語る作品なのでは?」という予想があった。事実、序盤で映画の起源としてエドワード・マイブリッジの動画に関するエピソードが出てくるし、作中ではガラケー・防犯カメラ・デジカメと、さまざまな撮影機材による撮影が行われていく。動画をバズらせる為に始まった計画は、エンジェルやホルストを巻き込んでいったことで、過酷な環境下での撮影プロジェクトへ変化していくが、そこにフィルムカメラが使用されている事には少なからず意図があると思えてしまう。

スマホカメラの性能が向上し、映画の撮影形態もアップデートされている。それはもちろん喜ばしい事で、どんどん気軽に色んな人が映像作品を取ることができるのは良い事だ。それに比べるとホルストが持ってきたのはバカデカいカメラで面倒なフィルム交換も必要なシロモノで、一見すると非効率なやり方だ。それだけに撮影テクニックが必要になるわけで、デジタル機器を駆使するエンジェルを撮影助手のように扱いフィルム交換をさせる様には、映画史における継承を描いているようにも感じられた。

エドワード・マイブリッジの動画に関するエピソードに見られるように、人種問題への言及もある。映画史において蔑ろにされているアフロアメリカンについては、もちろんのこと、好奇の視線に晒されている者たちへの目配せもある。

ゴーディとジュープのグータッチ、それが成立する要件とは何なのか。おそらくそれは〝好奇の視線に晒されている事〟ではないだろうか。チンパンジーが「まるで人間のように」服を着て過ごしている事とアジア人が「まるで白人のように」暮らしている事、そこに共感が生まれ、その為のグータッチではなかったか。結局、不成立のまま終わり、ジュープの視線は床に屹立する靴へ向けられ、それが記憶として残っている。あの靴の意味するところは判らないけれど、独特の不気味さ不穏さが描写されていて、何ともいえない気持ちにさせる。

〝撮る〟と同時に〝見る=視線が交わされる〟事についての映画でもある。CM撮影中にスタッフと視線を合わせられないOJ、防犯カメラ映像を覗き見るエンジェル、鏡面ヘルメットで他人の視線を遮るTMZ記者、そして〝アレ〟に対する視線。特に、〝アレ〟を見ること、それが命取りになるという設定はなかなかユニークで面白い。危険動物に出会った時の対処法であると同時に、〝アレ〟に対する眼差しは好奇の視線を向ける事であって、その結果(ゴーディの悲劇同様に)命取りとなる。

そんな中で、わたしの心が動かされたのは、OJとエメラルドのやり取りだ。「my eyes on you」のジェスチャーは、どちらかというと監視しているという意味で「見てるからな!」と相手にプレッシャーを与えるものだと思う。しかし、終盤でOJがこのジェスチャーをやる時、不思議な感動があった。また、エメラルドが全てをやり遂げ、その視線の先にあるのは騎乗しているOJの姿だ。まるで西部劇の主人公がここぞの場面で現れたかのようなムードがあって、このカットも良かった。

〝アレ〟の最終形態はまるで使徒だったし、エメラルドのバイクズサーッはAKIRAへのオマージュ(あそこメチャクチャカッコイイ!!)だったりと、そういった部分も楽しめた。

そして、これはわたしとして最大の褒め言葉なのだけれど、ジョーダン・ピール、シャマランの系譜を継いでいる気がする。これからも楽しみです。