ライブ当日になっても実感がなくて、物販並んでるかなぁ、といういつものワンマンに出かけるようなテンションで自宅を出る。
野音に着くと「グッズ販売最後列」の看板は、音楽堂の周りをぐるりと囲むような位置にあった。それなりの時間はかかりそうだけど、真夏で汗だくの中並ぶよりは幾分マシだし、こうやって並ぶ行為もある種の儀式だといえる。粛々と進んでいく列の様子は、どこか今日という日に対してのヲタク達の送別の思いの現れではないか。惜別と共に、おとはすとフィロのスの再出発を静かに迎えようとしている、そんな風な事を考えていた。
ライブの冒頭、『ベスト・フォー』のアレンジされたバージョンが流れた時点でハルちゃんは泣いているように見えた。そんな姿を見て卒コンである事を意識しないではなかったけれど、それでも序盤はいつものライブのような気分でステージを眺めていた。いつも通り、楽しいフィロのスのライブだ。
わたしはおとはすの踊る姿が好きだった。時々荒ぶるように髪を振り乱しパッションが爆発するような瞬間が好きだった。メドレーの「ライク・ア・ゾンビ」でグッと頭を下げて両手を広げているおとはすの姿を目にした時、わたしの涙腺は緩み始めていた。この姿を観ることはもう出来ないのだ、という事実を改めて思い知らさせたような気分になったからだろう。そして…。
「フィロソフィア」のラストにあんな仕掛けがあるとは…。互いに〝愛してる〟のフレーズを繰り返す場面で流石に自分の目が濡れている事に気がついた。周りからも嗚咽に近い声が聞こえてくる。おとはすが一旦マイクをステージ脇に置いた時、思わず「あ」と声が出た。終わる。いや、終えようとしている。そんな風に感じた。
ステージでひとり、彼女は踊っていた。時々、そのステップは力強く、床を鳴らす音が聴こえてくる。踊るおとはすの姿、技術的なことはよくわからないけれど、わたしは彼女の手や足の動きが好きだった。それが見納めになる、アイドル十束おとはの終焉の儀式が始まったのだという事を、受け入れながらステージを凝視していた。目に焼き付けようとしていた、というのが正しい。
メンバーの〝送辞〟の場面。奥津さんの「ベストフォーで武道館に行きたかった。」、あんぬちゃんの「(おとはすがいなくなって)私の事が一番心配だと言っていた」という箇所がわたしの涙腺を刺激する。そしてハルちゃんの「尻太鼓」で笑わせながら泣かせるというメッセージも最高だった。ライブの瞬間瞬間が最後の時へのカウントダウンになっていた。
真っ白なウェディングドレスで再登場し(最初、わたしは思わず仰け反ってしまった)ひとりひとり丁寧にメンバーへ〝答辞〟を贈る姿も、また彼女らしかった。そしてヲタクたちに「よく食べ、よく寝て、元気に過ごしてね」と伝えた事も、彼女の誠実さを表している。用意された言葉じゃなく、「いま、思いつくのがこのメッセージだった」というのに嘘はない。そして、わたし達へも最大級の感謝の言葉を飾らずシンプルに伝えてくれる。
そして最後のライブパートは、いつもの楽しくカッコいいフィロのスのステージだった。でも、この4人でのステージはもう観られない。『DTF!』や『ダンス・ファウンダー』は何度かライブで観てきた。しかし、おとはすがこの曲たちで歌い、踊るのは今夜が最後だ。本当に?
そう、本当だ。おとはすが言っている。「もう、これが最後なんだよ!」声を出せないわたし達は心で叫ぶ。わたしはサイリウムを持っていなかったけれど手を掲げながらおとはすに感謝やエールや惜別の気持ちを送っていた。つもりだ。
おとはすがステージを去り、新メンバーが発表された。わたしはほとんどオーディション動画を見ていない。誰が新メンバーになっても受け入れるのが大前提でもあったし、先入観を持ちたくなかったのも理由だった。いずれにしても、メンバーが大きく関わる選考の結果であり、何よりおとはすが〝業務引き継ぎ〟をしようとする人間に間違いがあるはずもないという気持ちで発表の時を待っていた。
登場した5人のフィロのスはこれまでと違う全く新しいものだった。当たり前だ。ベスト・フォーは本日で完結し、新たなエピソードが始まったのだ。この5人がこれからのフィロのスであり、それをわたしは全面的に受け入れる。ノノさんもナナコさんも、緊張しながらもしっかりとしたパフォーマンスを魅せている。その姿には少なからず驚いた部分もある。2人ともフィロのスに〝新しい風〟をもたらす意気込みを語っていたし、実際そうなる予感も抱いた。緑と紫というメンバーカラーもわたしの奥底にある何かを刺激したりして。
こうやって〝おとはす以降〟のイメージを卒コンの中で提示していくのもフィロのス、そして十束おとは流であったように思う。「わたしのいなくなったフィロのスも愛してね」というプレゼンテーションを丁寧にする事で新メンバーの今後についても目配せされている。今夜、ああいった形で新体制をお披露目した事で、わたし達もスーっとそれを受け入れ易くなった筈だ。
最後の最後、封印するかのように披露された「ベスト・フォー」でこの4人での物語は一度完結した。しかし、そのメッセージは永遠だ。
君の好きなものに
君の前でなるよ
このままずっと、見ていてね
メンバーからおとはすへのメッセージでもあり、4人からわたし達へのメッセージでもある。
お見送り会でおとはすは笑顔だった。その笑顔を見ながら、わたしは初めての特典会で彼女から掛けられた言葉を思い出す。あの時、おとはすはその大きな瞳でこちらを見つめながらこう言ったのだ。
「今日は、楽しめた?」
はい、とても。あの日から今日までずっと楽しめました。
ありがとう、おとはす。