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クリープ?ファントム・メナス?なにそれ?【映画】『異端者の家』雑感。

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信仰深さと俗世との距離感によって各々のキャラクターの違いか示される導入部で、〝ああ、こ!は「対話」の映画なんだな〟と認識する。不穏さが潜むショットも美しく、わたしはこの時点でこの映画の世界に惹き込まれていた。強さを感じるがどこか闇のようなものが垣間見えるシスター・バーンズとどこか頼りなさげな弱々しさのあるシスター・パクストンのふたりのバランスもよい。リーダー気質のあるバーンズとそれについていくという感じのパクストンという配置によって、ミスター・リードとの対話に緊張感が生まれていたし、後半の展開にも良い効果を与えていたように思う。どこか世代論にもなっているようにも感じられて、レディオヘッドやジャー・ジャー・ビングスにポカンとする若いふたりを見ていると、なるほど時代はどんどんと巡っているのだなぁ、という感慨もあるし、オリジナリティとは何か?という問題定義も興味深いものだった。恐ろしいのは、そういったリードの言説に、気がつけば納得してしまいそうになるところだ。リードの色んな話を聞いてみたくなっていたりする。

対話(というよりは支配しようとするツール)によって主導権を取ろうとするリードとなんとかそれに抗おうとする構図は、対話劇からホラーへとスタイルを変え、最終的には信仰するという事への眼差しへと昇華されていく。閉じ込められた家からの脱出劇という意味では派手さはなかったかもしれないが、リードの不気味さによってじわじわと恐怖が増幅されていく展開は良く出来ていたように思う。終盤のパズルがハマっていくようなカタルシスも個人的にはポイントだった。自転車の鍵のくだりとか。

ヒュー・グラントは流石というか、彼だからこそ生まれるシニカルさが良い効果を産んでいた。シスターふたりも不穏な状況を徐々に理解していく過程の微妙な表情の変化が巧かった。特に終盤に強さを獲得していくパクストン役のクロエ・イーストさん、とても良かったですね。

宗教的な知見があれば、より楽しめたような気もするけれど、そういった点を差し引いても満足できる作品でした。それにしても、雨漏りを使った鹿おどしは不気味なのかオシャレなのか分かりませんね。