妄想徒然ダイアリー

映画と音楽とアレやコレやを

産ませてよ、愛の結晶を。6/26(日)フィロソフィーのダンス Philosophy no Dance 「Love 4 You TOUR 2022」at TOKYO DOME CITY HALL 雑感。

わたしの初めてのフィロのス現場はリリイベだった。ミニライブだったけれど、現場の楽しさを満喫した。初めて特典会というものに参加したわたしは、ドキドキしながら列に並んでいたのを覚えている。

今にもクルクルと回転しそうな奥津さん、屈託のない笑顔が弾けていたハルちゃんに続いて目の前にはおとはすがいた。彼女はその大きな瞳で見つめながら「今日は楽しめた?」と聞いてきた。わたしは「はい。とても」というのが精一杯だった。最後にあんぬちゃんに「今日、初めて来ました」と伝えた。「外、雨だから気をつけてね」と雨が降っている様子を手振りで伝えるあんぬちゃんの声を聴きながら、わたしはフィロのスの沼にハマっていった。という記憶。

フィロソフィーのダンス Philosophy no Dance 「Love 4 You TOUR 2022」

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このツアーには結局、このラスト公演のみの参加となった。久しぶりの広島ツアーにも参加したかったけれど、結局行けなかった。

振り返ると1月のネクライトーキーとのツーマン以来の現場だ。ちょっと自分でも驚くけれど、半年近くも参戦していなかったのか。そういう意味ではフィロのス飢餓状態であって、久しぶりの現場が楽しみで仕方がない。と、同時に色んな情報にも追いつけていなくて、ちょっぴり取り残されているような気持ちもあったりする。

開場前の入り口には気合の入ったコスプレをしている方々がいて、そういう場面もLIVE前の風景らしくて良い。グッズのうちアクキーやチェキが枯れていたのは残念ではあるけれど、盛り上がりの証拠だと思えば悔しさも半減する。

開演前、ステージの幕は上がっている。アーティストロゴというのだろうかphilosophy no danceとデザインされた看板が降りた状態で目の前にある。開演時間を10分程過ぎたあたりでバンドメンバーの方々が徐々にステージに現れたかと思うと、やがてベスト4達がゆっくりと登場してきた。久しぶりに生で観る4人は眩しかった。奥津さんはアッシュがかった赤?紫?の髪色、ハルちゃんはど金髪のボブ、おとはすはミッドサマーみたいな髪飾りをしていて、あんぬちゃんはツイン団子という(わたしにとっては)隙のなさだった。

あっという間の2時間でしたね。

「サンフラワー」で始まったLIVEはいつものように脳汁が溢れ返り、楽しかった記憶だけが刻まれていく。久しぶりの参戦だったので「ロック★with you」はもちろん初めてLIVEで観た訳だけれど、まさか泣かせてくる(勝手に泣いてるだけだけど)とは思わなかった。というか事あるごとに、感情を揺さぶられていたような気がする。

あれは「エポケー•チャンス」だったか「バイタル•テンプテーション」の時だったか、おとはすがドラムのスティックを取ってシンバル叩いてるところ、何年か前のサマソニのレディー•ガガみたいでカッコ良かった。そしてそのあと奥津さんも同じようにやろうとしたんだけど、なかなかタイミングが掴めず結局控えめにチン♩て叩いてたのもなかなか悪くなかった。そんでそのままスティックを持って歌うんだけど、それはそれでカッコよかったです。

「テラフォニズム」はカッコよくて、アウトロまでクールな曲で大好きなんだけど、その後の電話演出もまた楽しい。これがツアーでやってた定番の流れなのかどうかはわからないけれど、SNSで流れていた「あんぬちゃんからの着信です」とはこの事だったのか、と点と点が繋がるカタルシスもあった。

そういえば、この電話でのやりとりの場面でステージ裏のカーテン(扉?)が開いていたのは、最初何かの演出かと思ったけどバックヤードというか空調のダクトが見えているだけだったので、単なる換気だったんでしょうか?そのあともどこかで開く場面あったので多分そうなのだろう。

さて。パジャマパーティー的なやり取りは実にフィロちゃんズらしい楽しい時間で、凝縮された歌やダンスのステージはもちろんカッコいいんだけど、こういう笑いの時間があるのも彼女達らしさだと思う。そこから「気分上々」に流れる展開、クールで良かった。こういう落差というか異化効果のようなものがある事でLIVEに奥行きが生まれる。「誓い合ったんだってね、LOVE」の楽しさから「FUNKY BUT CHIC」のところなんて、もう!※衣装着替えもドキドキしましたけれど、それぞれ個性があって良かった。特にハルちゃんのズボンの脱ぎ方。

で、ですね。「アイドル•フィロソフィー」ですよ。この時、わたしの目の前には実に楽しそうにジャンプしているおとはすの姿がありまして。ここで、ふと〝限られた時間〟というものが意識されて感情がかなり揺さぶられました。拳を振り上げながら、この4人の姿、今のフィロソフィーのダンスを脳裏に焼き付ける必要がある。そんな事を感じておりましたね、わたしは。

終盤のMCでは安定のおとはす号泣の流れ。紆余曲折を経て集まった4人がベスト4になった事の必然と奇跡。そういった思いをそれぞれが語る事で、どうしても来たるその時を思い浮かべてしまう。「愛の哲学」でもおとはすは泣いていたけれど、同時にメンバー同士で笑い合うような場面もあって、さっきも言ったけれどこういう感情が入り混じった状態を作り出せるのがフィロのスの強みでもある。

久々に現場で踊る「ダンス•ファウンダー」は最高だった。当たり前だ。最高でない訳がない。声も出せないし、稼働範囲も限られているけれど、今出来る盛り上がりの限界ギリギリまでアドレナリンが分泌しまくった。特にいつもハルちゃんがやっている〝新しいダンスををををを〟のフェイクのところを4人で交代しながらやるところ、溜まりませんでしたね。※所々で変顔をしかけるあんぬちゃんも印象に残っている。

本編ラストの「ライブ•ライフ」でも、もちろんわたし達は声を出せないけれど、振り上げるその拳には心の叫びがこもっていた筈だ。まだまだコロナ前のような状態には戻れていないけれど、LIVEの楽しさ、そこで分泌されるアドレナリンをわたし達は手にする事が出来ている。エンディングでメンバーが去った後に延々と続くバンドによるアウトロがまた良い。実に楽しそうに演奏する姿がこのツアーのファイナルを祝福するようでもあり、つまりは愛がそこにあったことの証だったと、言いたい。

アンコールのベスト4が終わっても奥津さん、ハルちゃん、おとはすの3人が「まだ終わりたくないー」とヤダヤダ状態で駄々をこねている横で「今日は大人の人が沢山みてますからね!」と嗜めるあんぬちゃんのキャプテンぶりがまたフィロちゃんズらしさ発揮で、そういう意味では締めくくりに相応しかったともいえる。

おとはすの卒業LIVEは11/19の野音と発表された。楽しみであると同時についにその日が来るのか、という思いもある。しかし、確かあんぬちゃんだったと思うけれど、「これまでのフィロのスを応援してくれたように、こらからの新しいフィロのスも応援してもらえるように」というメッセージの通り、わたし達はこれから脈々と紡がれていく歴史を追いかけていくしかない。それが、愛、だよね。多分。

S席特典のお見送りは一瞬だったけれど、そもそもお辞儀をしながら通り過ぎたので、ほとんど4人の顔を見ることは出来なかった。しかし、わたしにはLIVEでの4人の姿が網膜に焼きついている。今は、それで白飯5杯イケる。

ミイラは人間ですよ。【映画】『ザ•ロストシティ』雑感。

映画『ザ・ロストシティ』予告編 - YouTube

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梅雨が明けたかのような暑さだったこともあり、気軽に鑑賞出来そうなこの作品を。

ぶっちゃけテンポが良くないところもあったり、驚くほどの展開があるわけでもなく、意地悪な言い方をすると『ロマンシング•ストーン』の下位互換のように感じてしまう人がいたとして、それを強く否定する事はできない。

ただ、サンドラ•ブロックとチャニング•テイタムの関係性は従来の主人公とヒロインの図式を反転させていて、そういう意味ではラブコメをアップデートしていこうという意志を感じるし、その試みは面白いと思った。ロレッタの描いた小説世界と現実世界が入れ子構造になっている構成も、派手さはないけれど手堅くて悪くなかった。

と、何となく歯切れが悪い言い方になっているけれど、なんだかんだと2時間楽しんではいたのです。大きな驚きはないけれど、安心出来る展開はポップコーンムービーとして成立している。ファイナル•カウントダウンの使い方もそのベタ加減が程よくて何も考えずに笑ってしまう。ブラッド•ピットが記号的イケメンを飄々と演じている様も楽しいし、ロレッタの広報担当ベスの存在感も良いアクセントになっていた。個人的にはベスがある場面でスーツケースを放り出す場面は思わず声出して笑った。

そういったコメディとしての楽しさがある一方で、終盤結構グッとしまうところもあった。この物語はロレッタとアランのワンスアゲイン、もう一度人生をやり直していく話でもあって、そこが妙にわたしには響いてきた。その展開や言葉のやり取りはクリシェといえばクリシェで「多分こうなるんだろうな」という予想通りに物事は運んでいく訳だけれど、そんな中で、ロレッタやアランがそうであったかも知れない人生を自分の手で掴んでいく様に心の涙腺が緩んだ事をここに告白します。小説家として下り坂であるロレッタやスター目指して地方から出てきたけれど、今ひとつスターになりきれていないアランが、自己を見つめ直しながら変化していこうと歩みを進めていくのが、良いんですよね。(そう考えるとベスだって人生の一発逆転に一か八か賭けているとも言える)そういった片足を負け組モードに引っ張られている者たちの新たな未来へのエールと考えると、悪くない。

というわけで、個人的にはジャック•トレーナーの活躍譚を観てみたくなったけれど、まあそんなもの作られる訳はないですよね。

みんな色々あるけど、未来を描け。『私立恵比寿中学 10th Anniversary Tour 2022〜drawer〜@6/17(金)TOKYO DOME CITY HALL』雑感

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本来はツアー2日目となるはずだったLIVEの振替公演。仕事を強引に切り上げて参戦した為、ワイシャツの下にエビ中Tシャツを潜ませるスタイルで入場。これまでのエビ中LIVE参戦史上おそらく最もステージに近い。余りに近くてついつい目の前のメンバーに視線が集中する。

アニバーサリーという冠に相応しく過去のアルバムからピックアップされた曲で構成されたセトリは、大盛り上がり大会的な賑やかさというよりは比較的大人しめのラインアップという印象を受けるが、それこそが今のエビ中の現在地とも感じられて妙に感慨深くなったりもする。

冒頭の『全力ランナー』や終盤に配置された『感情電車』を聴くと、わたしたちの心の中にはある感情が沸き立ってしまう。そして、こう思う。このツアーは、今頃目の前にいる9人とこれまでのエビ中メンバー達が作り上げてきた10年の歴史を振り返るような2時間なのだ、と。

後半、メンバー全員が白い衣装に着替えて来た時、柏木さんが「これから色んな色に染まっていく」(大意)と言っていたけれど、それはエビ中の新しいこれからの事でもあるし、或いは柏木さん(そして、これまでエビ中にいたメンバーたちの)のこれからの新たな未来が白いキャンバスに描かれていく事を言っているようにも思える。確か『イエローライト』の時だったと思うけれど、メンバーが代わる代わる柏木さんと手を繋ぐ場面があって、そんな様子を見ていると「嗚呼…ひなたちゃん、もうすぐいなくなってしまうんだな」というような気持ちになったりもする。

そんな感傷はもちろんあるけれど、もちろんカッコよくて盛り上がる場面も沢山あった。個人的には『愛のレンタル』の始まり方はかなりグッと来た。今回、真山さんは大事を取って生での歌唱は行わず、彼女のパートだけ音源を流すというシステムだったけれど、正直言われなければ判らないくらい違和感がなかったと思う。唄えない分だけ、踊りにいつも以上のキレがあったような気すらしていたけれど、それはともかく、『愛のレンタル』はとても良かったし、続く『ハイタテキ!』も凄く良かった。(段々と語彙力がなくなってきます)

あと『でかどんでん』ですよ!これも良かったですね。風見さんのひとり芝居a.k.a.茶番で始まって柏木・中山・真山チームが合流する展開も楽しいけれど、何より曲の導入部がカッコよすぎる。

ですけれど、この導入のところ『踊るロクデナシ』だとずっと思っていて、そのあと『どかどんでん』になったので、てっきりマッシュアップだと思ってるんですけど、わたしの勘違いだろうか。まあ、カッコよかったから良いんですけど。

『夏だぜジョニー』をLIVEで観た事があっただろうか。ちょっと記憶がない。夏らしいわちゃわちゃした感じが楽しいし、すっかりヤクルトファンおじさん化してる柏木さんを観ているだけで満足したりもする。

『Anytime,Anywhere 』は観る度に魅力がどんどん上がってくる。特に年少3人組が「新メンバー」からエビ中の一員へと成長し、堂々としたパフォーマンスを魅せているように思えて、心の奥の何かが刺激される。伸びやかな歌声とその透明感で末っ子でありながら不思議な安定感のある風見さん、独特のマイペース感や顔芸が汗だくの一生懸命さと混じり合う小久保さん、そして目の前にいる者の視線を全て奪い取ろうとするかのような貪欲さとキレのある頭の動きがれにちゃんの全力感を彷彿とさせる桜木さん。この3人を見ていると、これまで続いできた(決して平坦ではなかった)道のりとこれからの未来が地続きのように感じられる。

そしてたむらぱん曲の〝ズルさ〟に今夜もやられてしまう。

時々涙を隠していることも知ってる

それでもあなたは笑って来てくれたんだ

忘れたふりをしていた思い出の結晶

これからも繋げて行けるような気がした

「ポップコーントーン」

変わらないメンバーで長く続けていくグループの魅力も素晴らしい。メンバーが変わってしまったりそのピースが欠けていったりした事で魔法が解けてしまうグループもある。しかしエビ中の場合は、メンバーが変わり続けていきながらも脈々とバトンを渡すかのようにグループが歴史を紡いでいくその有り様こそに尊さがあるのかもしれない、と思い始める。今目の前にいる9人も、そしてかつてメンバーだった者たちも、そしてこれからエビ中になるかもしれない誰かも、それぞれがこの世界を作り出すピースなのだ。セトリ最後に配置された『COLOR 』で気づけば涙腺が緩んでいた。そうやって、濃密な2時間は終わった。

終演後、スマホを開くとカープがヤクルトに負けていた。しかし、今夜はそれでも良いような気がする。

飼い慣らせ、5歳児を。『6/2(金)眉村ちあき全国ツアーCHIAKI MAYUMURA Tour”ima”@Zepp羽田』雑感。

ツアー初日の横浜以来、3ヶ月ぶりとなる。せっかくなので広島にも遠征に行きたかったけれど、結局この羽田まで眉村さんのLIVEに行っていない状態。その他、ラジオやインスタLIVEなども視聴するタイミングを逃していて、色んな情報に出遅れている。

そういう意味ではハングリー状態、眉村さんを身体が渇望している状態とも言える。眉村さんのLIVEを全身で、ありのまま受け止めようではないか、という気持ちでこの日を迎える。

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仕事を早々に切り上げ、現着する。風が強い。チケットが飛ばされそうだ。割と良い整理番号だったので前方の席を確保できた。着席スタイルで椅子一個おきに座る形で、どうだろう、そういう意味では埋まっている、のかな?

アルバム「ima」の曲が客入れ曲としてリピートされているなか、開演を待つ。もしかしてimaの曲やらないという展開も眉村さんならありそうな気がしてくる。

 

いやー、最高でした。2時間眉村さんのパワーというかビゲストラブを浴びまくった感じです。脳汁出しまくって相変わらず記憶がなくなっているのでセトリの順番などは曖昧。

冒頭は確か『モヒート大魔王』だったと思うが自信がない。2曲目が『この朝を生きている』で、途中デスボイスで〝ゴートゥーヘル〟と言っていたのは覚えている。ここで、LIVEだなぁ、と思った。

もちろん眉村さんの作る曲自体も良いのだけれど、LIVEで更に魅力が発揮されるというか、印象がガラリと変わる。『寝かしつけろ』もそうだった。終盤のギターの激しさは、また新たな魅力があって思わずのけぞるようなカッコ良さがあった。それはまさにLIVEを体験している事の証であり、身体中の血液が沸き立つような興奮に繋がっている。『individual』や『悪役』で伸びやかに高らかに会場内に鳴り響く歌声に圧倒され、そのパワーを浴びようと自然と身体を預けている自分を発見したりもした。

かっこよさを上げればキリがない。『愛のほっぺ丼』からシームレスに『愛でられほっぺ』に繋がる展開は最高だった。或いは『なまらディスコ』から『東京留守番電話ップ』への流れ。髪を振り乱し、踊りまくる眉村さんを観ているだけで白飯5杯はイケる。眉村さんは踊りも素晴らしいのですよ。身体能力の高さを感じる動きはもちろん、魂の揺さぶりといった感じの激しさもまた心を撃つ。

『ナックルセンス』や『顔ドン』といった定番レパートリーの楽しさ(ここだけの話、ナックルセンスのヘドバンの時、軽くクラッときたのを告白しておきます。)はもちろん、わたしがアッと思ったのは『ピッコロ虫』や『大丈夫』だった。即興からの『ピッコロ虫』のカタルシスは相変わらずで脳汁バンバン出まくっていたし、『大丈夫』の盛り上がりも素晴らしいものだった。ここでLIVEが大団円を迎えても不思議じゃないくらいの感情の高まりがあった。しかし、今の眉村さんはここでは終わらない。まだまだLIVEは続いていく。この時、眉村さんのエンタメ度が更新されている事を実感した。わたしは、このツアー初日の横浜しか参加していない。だから途中でどんなLIVEが行われていたかを知らない。でも確実にステージがひとつ上がったな、という感覚がある。

『フリースタイルハンドメイド』での堂島孝平さん登場サプライズやイリュージョンコーナーで箱から出てくる眉村さん、そしてゲストダンサーの方々と楽しそうにステージで暴れている姿を観ていて、うっすらと既視感を感じていた。最後のカーテンコール的な場面で気がついた。エンタメ要素をこれでもかと詰め込んだ2時間、これはももクリではないか。

かつてのようにステージから客席に降りていくことはできない。クラウドサーフも記憶の彼方だ。でも、だからといって眉村さんのLIVEの魅力が下がった訳ではない。限られた条件の中で圧倒的才能と慈愛に満ちた眼差しと果てしないエンタメ魂でわたしたちの感情を揺さぶってくる。

ラストは我々のアンセム、『旧石器PIZZA』だ。曲に入る前に即興の歌を歌いながら、途中でタガを外したようにシャウトする場面があった。「あ。冷静にならなきゃ」と照れる眉村さんであったが、わたしはあのシャウトにこそ打ちのめされそうになった。まさにあの瞬間、脳内の5歳児が飛び出しそうになったような気がする。

そして目の前で歌い、踊る眉村さんを観ながら、「この人はLIVEがなければどうなるんだろう」という事を思ったりもした。わたし達は仕事がいやだ、と言いながらも明日になれば会社に行っている。アイロニックな言い方になるけど現実に逃避する事が出来る。

しかし、眉村さんはどうだ。夢のようで夢でない、そんな世界に身を捧げ今日も歌っていた。そして踊っていた。そうしなければ生きていけないからだ。今夜のステージを見ていつも以上にそんな事を感じたりもした。

わたしたちはその魂から溢れ出るパワーを浴びている。それをビゲストラブと言い換えてもいいが、その結果わたしたちは3センチ立方の箱の中に押し込まれていくのだった。愛すべき馬鹿野郎として。

全員生還せよ。【映画】『トップガン マーヴェリック』雑感。

80年代のわたしは彼のことを過小評価していて、『トップガン』や『カクテル』が公開されていた頃は(その余りのメガヒットが故に)劇場へ行くこともなかった。しかし、90年代以降のトム•クルーズをみれば、彼が今、信頼出来る映画人のひとりである事は疑いようがない。

トップガン マーヴェリック』

映画『トップガン マーヴェリック』ファイナル予告 - YouTube

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いや、最高でした!!!!!

36年振りの続編に当初はネガティブな印象を抱いていたけれど、そんな不安も吹き飛ばす仕上がり。

前作への目配せも充分で、尚かつ、それが単なる焼き直しやパロディに感じないのは、やはりリスペクトがあるからだろう。導入でニクイほど前作ファンの心をグッと掴むのも上手かったし、「あのキャラクターのその後」的な描写も絶妙なバランスだった。下手すると単なる懐かしの同窓会になってしまう危険性もあったけれど、それも杞憂だった。

サントラの使い方も上手い。今回新たに参加となったハンス•ジマーのスコアが「いかにもハンス•ジマーだなぁ」という感じなのだけれど、それがまた良い。ハンス•ジマー信者としては、そのパワーには抗えず、思わず落涙しそうになった。

そして端々に現れる〝空を飛ぶ乗り物についての映画〟へのオマージュ。或いは〝あの場所へいるはずなのに、いられない者〟への視点。嗚呼…!最高っすね!!!!

当然トムも年齢を重ねていて、顔には皺も刻まれている訳だけれど、そういった時間の経過が感じられるからこそ感情を揺さぶられるシーンが多い。人生の様々を経て人間として熟成(成熟ではない)された大人と若者との関係性にグッと来てしまう。もちろんわたしにマーヴェリックのような波乱や刺激に満ちた経験はないけれど、人生の折り返し地点を過ぎた現在の居場所から見た若者への眼差し、そこにある慈しみに涙腺を刺激される。

そして、多少クリシェに沿っている部分はあるけれど、しっかりと赦しと救済の物語になっているのも個人的にはポイント高い。自己犠牲をやたらとカタルシスへ昇華しないのも良かった。それこそまさに今作がアップデートされている部分じゃないだろうか。

マーヴェリックが困難なミッションへ挑む若いパイロット達へ望むことを述べたあの台詞。それは綺麗事やご都合主義なんかではなく、いわば今のわたし達にとっての先優先事項であるし、また人生を生きてきた先達が次世代を導く責務として伝えるべきメッセージであるように思えた。そして、それはアクション映画をドラスティックに更新しているトムから発せられるからこそ、わたしの全身に響いてくるのかもしれない。

(以下ネタバレを)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な所で指摘されているように、序盤のマッハ10への挑戦における「ライトスタッフ」、ミッションのシーンにおける「スターウォーズ」、そして敵地から戦闘機を奪う場面の「ファイヤーフォックス」といった過去のマスターピースへのオマージュがあって、これもまた上手い。特にデス•スター攻撃にしか思えないミッションの場面では戦闘機の姿が段々とXウイングに見えてきたし、ドッグファイトのシーンで追いかけてくる敵機は(黒ずくめのパイロット含めて)タイファイターにしか見えなくなってくるから不思議だ。そういう視点で見ると、あの雪山は惑星ホスにも見えてくるし、対空砲もどことなくATATに見えたり…は、しないですね。

つまり何が言いたいかというと、ジョセフ•コシンスキーにスターウォーズ撮らせるべきだったんじゃないか、という事です。

紅い夜にララバイを聴きながら。『新しい学校のリーダーズa.k.a ATARASHII GAKKO!-むむむ!?無名卒業ライブ〜AG FRIDAY AFTER SCHOOL 』〜5/20(金)@Zepp DiverCity tokyo 雑感。

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ヤバいの一言。

語彙力を失う程に最高のステージでした。今夜、新しい学校のリーダーズはワンステージ上に上がった。そのステップを駆け上がる音がした。とそんな事をいってしまうくらい脳みそ掻き回された、そんな感じです。

今回はかなり良い整理番号が取れて、最前に位置する事が出来た。リーダーズ•オブ•ザ・ニュースクールやN.W.Aが流れる中、静かに開演を待つ。ステージには机が並んでいる。後ろにはロッカーがあり、なるほど教室をテーマにした舞台装置であることがわかる。配置された照明がぐるぐると回っていて、まるでそれはBGMに合わせて踊っているようにも見えた。(今日はいつも以上に感傷的になっているのかもしれない)

いよいよ開演。明転すると机にセーラー服を着た4人が座っていたが、それはメンバーではなかった。そう、今回はステージに4人だけでなくてゲストダンサーの方々(後にSUZUKAさんから〝ズ〟と紹介されるこの集団の皆さん。音のひとつひとつに合わせた動きやメンバーとのシンクロ具合も素晴らしい)がいて随所で活躍していた。その事もこれまで観てきたとは違うものがこれから始まる事を予感させていた。

そして「透明ボーイ」で4人が目の前に来た時、それはもちろん今まで観てきたその姿と変わりはないはずなんだけれど、どことなくオーラの発し方が違うように感じられた。シンプルに言うと〝スターになった〟という印象を持った。新しい学校のリーダーズ、ATRASHII GAKKO!である事への矜持のようなものが強くなっている、とそんな事を思いながら手を振っていた。そこから終演までは、本当にアッという間だった。楽しく、そしてカッコいい空間を浴びているその事実だけでアドレナリンがドバドバ出ていて、LIVEを体感していく悦びに身を委ねていた、そんな1時間半だった。

素晴らしい場面が沢山あった。沢山ありすぎて記憶のキャパシティを超えているが、ツラツラとメモのように記してみる。

「恋ゲバ」では女生徒と先生役としてゲストダンサーの人達が配役されていた。何気ないように見えるこの演出が実は肝のような気がしていて、その事で今回のステージが単なる音楽ライブに止まらない何かに変わった瞬間のように思える。この曲を歌うSUZUKAさんはある意味で主人公である女生徒Aを演じている訳だけれど、普段我々はそれをSUZUKAさん或いはリーダーズの姿を通して見ている。しかし、今回はその主人公を投影する形で別な個体として女生徒Bが目の前にいる。その事でステージ上にマジックが起きているようにわたしには感じられた。その事をロジカルに説明できないのがもどかしいのだけれど、演じるという行為における切り離されたアイデンティティ問題がそこにある気がする。

と、自分でも何を言っているかよく分からない状態だけど、とにかくこの瞬間、何かが変わったような気がしてならないのです。

そして「恋ゲバ」が終わってSUZUKAさんが「先生に恋なんてしなきゃよかった。」としんみりした後で「さ。何か面白いテレビでも見ようっと」と次の曲「オトナブルー」へ進む場面もとても良かった。

目の前にスクリーンが現れ、そこにテレビ画面が投影されている。我々は薄いそのスクリーン越しにステージ奥にいるリーダーズの4人を観る形だ。つまりテレビの国にいる4人を観ている訳で、なんだかよかわからないけれどグッと来る演出だった。

スクリーンという〝隔て〟と高く奥行きのある場所に立つリーダーズとの〝距離感〟は言ってみれば「記号化されたスター」としてのパロディではあるのだろうけれど、それが妙に心を打つ。パロディどころかまさに〝スター〟になってきてるじゃんか、という感情が身体中を駆け巡る。

例えば新曲「WOO!GO!」で振り付けをレクチャーしながら観客を巻き込んでLIVEを使っていく様子などにも貫禄すら感じたりもする。もっと大きい会場で脳みそグチャグチャにしてナイキポーズを決めたい。

嗚呼、記憶が混濁している。4人が色とりどりのマラボー(というのを今初めて知った。バブル感のあるフワフワの首巻きみたいな奴)をしていたのは「恋文」で合っているだろうか。アレも凄く良かった。(段々と語彙力を失ってきている)

カッコいい場面をあげればキリがない。RINさんがズの皆さんを引き連れて踊る場面、クールな髪型をキメてきたRINさんとズの方々とのシンクロ具合が圧巻だった。ダンスに化学反応が起きていて、最高です。大きな青い月をバックにしたMIZYUさんの「雨夜の接吻」の神々しさ(の一方で「時をかける少女」ジャンプをするキュートさ)とSUZUKAさんが何度か見せた咆哮(にはホント鳥肌立ちました)、そして「Pineapple Kryptnite 」で倒れ込むKANONさんの完璧な動き…などなど。

そうそう。「intergalactic 」で登場してきたモーリー•ロバートソンさんにはビックリした。と同時に独特の空気感がリーダーズとマッチングしていて、楽しい。パイセン、ロボットダンス最高でした。

いや、「Pineapple Kryptnite 」ヤバくなかったですか???一度短めのMIXの後に再度始まる時の高揚感。

Dream with me,

how the world can be better and
Sing with me, we’ll be always together
Before you die, sing a lullaby

Close your eyes,

you can always remember me
By your side, you can hear me whisper…
Before you die, sing a lullaby

のところがいつ見てもカッコいいんですが、今回は特に素晴らしくて、さっきも書いたけれどKANONさんの倒れ方が完璧に美しく、網膜に記憶した映像を何度も繰り返したくなる。紅い照明によって繰り広げられる世界。退廃的だけれども、抗えない美しさに溺れていく、というか。いや最高で間違いなく今回のライブのハイライトでしょう。

そして我らがアンセム「迷えば尊し」でLIVEは締めくくられた。手をステージに掲げて、その感情はどんどんと昂っていく。何度体験してもこの高揚感とLIVEが終わってしまうという寂しさは独特なものだ。

ゲストダンサー「ズ」さん、モーリーさん、そういった方々とのコラボ含めて、素晴らしいパッケージとなった。どこかでMIZYUさんだったかRINさんだったかが発言されていたけれど「一回で終わるのが勿体ない」くらいに完成度が高いステージだったと思う。リーダーズの歴史のターニングポイントになるLIVEであったと思うし、配信も買ってアーカイブを観るわけどけれど、これはゴールなんかではない。「ワシらのまだ通過点やで、これは」とSUZUKAさんがいう通り、これからドンドンと大きくなっていく予感がビンビンする。

青春はエンドレス。そして新しい学校のリーダーズの未来の可能性は無限だ。今日はこれくらいの事をいってもバチは当たるまい。

この国を、守る者だぁ、わたしは。【映画】『シン•ウルトラマン』雑感。

子供心に八つ裂き光輪こそウルトラマン史上最強最凶の最終兵器で、そのフェイタリティ性の高さに恐怖すら感じていたものです。

『シン•ウルトラマン

映画『シン・ウルトラマン』予告【2022年5月13日(金)公開】 - YouTube

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冒頭のタイトルの遊び心は(例えそれがオジサンホイホイであったとしても)やはり自然とテンションが上がってしまうし、ウルトラQのテーマに沿って状況を説明していく流れも良くて、これだけでもう満足している自分がいた。

ここが禍威獣のいる世界だと言う事をサクサクっと説明してくれたのも好印象で、「とにかくこういう世界なのよ」となかば強引に認識させるのは正しかったと思う。ウルトラマンについても早めに呼称が決定したり、その存在が(肯定否定の立場いずれにしても)受け入れられていく展開もスピード感もあって良い。この辺のくだりを妙にロジカルに構築されていくとしたらツラいなぁ、と思っていたので、個人的には加点ポイントです。

わたしはTVシリーズの『ウルトラマン』を子供の頃に再放送で楽しんでいたクチだがエピソードの細かいところの記憶は抜け落ちているし、どんな怪獣•星人がいたかもバルタン星人や最終回のゼットンが強く印象に残っているくらいで、その他の記憶は朧げだ。

だから〝ウルトラマン原理主義〟的な立場からから見た場合本作がどのように映るのかは判らない。もしかしたらウルトラマンの造形や所作のアレやコレやに不満があるのかもしれないけれど、わたしはその辺はそれほどの瑕疵には感じられなかった。

そんなわたしではあるけれど、ラスボスのアレにはちょっと首を傾げざるを得ない。造形も映像もどうにも「うん。コレジャナイ」感がつきまとってしまう。それまでのミニチュア感やあえての古い特撮風味の映像は問題ない。むしろ正しいとさえ思う。けれど、このクライマックスにおいてのスカスカ感は残念であった。だが、逆に言えばわたしが今作にノレなかったところがあるとすれば、その部分くらいだった。

浅見(長澤まさみ)のあのシーンはその後の神永(斎藤工)との例のシーン含めてややセンシティブな描写であるとも言えるので、苦手な人がいるのも理解は出来る。しかし、画面に大写しとなったあの姿は(オリジナルエピソードの再現であると同時に)特撮の異化効果のようなモノが良く感じられて好きな場面のひとつだ。

そして、禍威獣との戦闘シーンもワクワクさせてくれる。山の中、工場といったお馴染みの場所での対決はもちろん、夜のビル群の中での対決も良かった。高層ビルの間を移動していくウルトラマンの疾走感は新鮮でもある。

なぜウルトラマンが地球で闘うのか、という部分をシンプルに〝人類愛〟のようなところへ収めていったのもわかりやすいし、良いテーマだとは思うけれも、やはりウルトラマンの魅力は特撮映画である事だ。もちろん、荒唐無稽な空想ストーリーをシン•ゴジラ的に政治や外交問題へと落とし込んでいていくバランスの良さも評価したい。けれど、やはり特撮としてのワクワク感。禍々しいものと戦っていくヒーローの姿こそが魅力だ。

そう言う意味では、もうちょっとフィジカルコンタクトな闘いも見てみたかった気もするし、夕暮れ時の戦闘シーンも欲しかったなぁ、と思っている。

とするとですよ、やはり大日本人』って優れた特撮映画だったなぁ、という思いが強くなる。そんな気持ちでエンドクレジットを眺めて、帰りにグッズコーナーでシン•ウルトラマンフィギュアを買っていくのでした。