妄想徒然ダイアリー

映画と音楽とアレやコレやを

救済の光を手繰るように…。【映画】『クライム101』雑感。

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めちゃ最高でした!冒頭の不穏なムードを醸し出す劇伴から一瞬で惹き込まれる。クライムサスペンスであると同時に、人生に行き詰まった者、生き辛さを抱える者、或いは持たざる者たちへ捧げられる物語。それが、わたしにはかなり沁みた。決してもう若くなく、人生の折り返し地点はもう過ぎてしまった。人生の残り時間は少ない。それでも生きていかなきゃならない。登場人物に自分を投影してしまう部分もあり、それぞれの「人生を立て直そう」と足掻く姿に、心の中の何かが刺激される。そんな映画だった。

導入のテンポ良く展開していく犯罪シーンもすごく良い。序盤は主人公である宝石泥棒が冷静で無駄のない計画を遂行していく姿が描かれているが、そこにちょっとした綻びが生まれていくことが示される。その綻びと彼のなかにある弱さや闇、そしてそこに絡んでくる刑事、保険屋(と彼らの人生の立ち行かない状況)がパズルのピースのようにハマっていくカタルシスがあった。そこに無軌道な若者が異質なエイリアンのように存在していて、展開にアクセントが加わる。宝石泥棒の社会の底辺から抜け出そうとする強い意志と人生のやり直しへの思い、刑事の抱える家庭と職場の問題、保険屋の先の見えないキャリアの行く末と年齢で数値化されてしまう自分の価値、そういったものは多くの人にとっても響いてくるものだと思う。異物感としての若者にだって、成果を上げて上の人間に認められたいという焦りがあって、そういったものも含めて、それぞれのキャラクターのどこかに自分の感情が同期していく感覚があった。

クリス・ヘムズワースの冷静でありながら、人生においては不器用な人物像を淡々と演じているのも好印象だった。少し、意外なくらいに良かった。ハル・ベリーの人生における年齢という枷への複雑な感情がありながら、それでも凛とした強さを持って生きていくのだという意思を感じる目。上司に「お前が持ってる数字は…53だ!」と言われるシーン、色々ヤバかった。マーク・ラファロの飄々とした佇まいと人生経験を積み重ねたからこそ滲み出るオーラは流石という他なく、作品に味わい深さを与えてくれる。そしてバリー・コーガンの虚空を見つめているような眼差し。何をやらかすか判らない無鉄砲さは不気味でもあるが、同時に自己の存在理由を世の中に見せつけてやりたいという歪んだ承認要求にはある種の憐憫と切なさを呼び起こす。その他、演者はみな素晴らしかった。

わたしはアメ車に詳しい訳ではないが、出てくる車のカッコ良さは伝わってくる。ハンドルを握ってそのエンジン音を身体に響かせてみたいという欲求が身体の中に湧き起こってくることに気づく。多分そこには、人生における救済の光がある。

困惑顔主人公の新たな系譜、なのかも。【映画】『MERCY/マーシー AI裁判』雑感。

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いわゆる「安楽椅子探偵」モノとしての面白さと『サーチ』を思わせる(と思ったら ティムール・ベクマンベトフが関わっていたのね)cloud世界で謎を紐解いていく構成で2時間飽きさせない。高度な監視社会の有り様は、ある種のディストピアでもある。あそこまで個人の生活がデータとしてアーカイブされているのもたまったもんじゃないけれど、一方でそうでなければ自分の無実も証明出来ないという恐ろしさもある。

SF映画としての肌触りも良い。空飛ぶスピーダーバイクみたいなヤツとか一方間違えば雑なモノになりそうなところをギリギリで避けているバランスがあった。何というか銀座シネパトスのラインナップになりそうな独特のB級感もあってそういうところも個人的には好きだ。上映時間が100分に収まっているのも素晴らしい。

もちろん気になるところもある。そもそも根本となる事件の発端とそれに関わる人間の行動(動機)やAI裁判の精度への疑問が湧いてしまうけれど、そういった部分はそれほどノイズとはならなかった。それよりも被告人と裁判官との間に生まれる不思議なバディとしての関係性やレイヴンの名刑事(名探偵)ぶりに惹き込まれていく。自分の置かれた状況に困惑しながらも、厳しい条件下でそれを打破しようともがくレイヴンを演じたクリス・プラットも良かった。ほぼ、困った表情をしてるだけだったけれど、困った顔映画の系譜としてははハリソン・フォードに継ぐ存在なのかもしれない。それが良い事なのかどうかは判らないけれど。

それでも、多分「アメリカーノス」を観る。【映画】『ランニング・マン』雑感。

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「『バトルランナー』のリメイクね…」くらいの認識で、特に鑑賞リストにはなかったのだけれど、エドガー・ライトの新作ということもあって観る事にした。というくらいの期待のハードルだったので、充分楽しい映画でした。ディストピア的な世界観や主人公の置かれている状況がスッとわかるような導入部にはムダがない。SF映画のエッセンスも感じて、個人的にはこの時点でこの映画には合格点を与えたくなっていた。全体的にオーソドックスで手堅い演出でもあり、エドガー・ライトの新作という意味では、物足りなさもないわけではない。けれど、好きな作品でした。グレン・パウエルの軽妙な感じも丁度良いバランスだったと思うし作風にあったと思う。

格差社会や管理社会の中での持たざる者のル・サンチマンがウツウツと溜まっていく感じには、ある種の共感もあるし、監視社会の中で情報が歪んでいく様やフェイク映像などは現代社会にも通ずるテーマでもある。虐げられて生きる事もままならない人間達が、何とか状況を打破しようと足掻き。何とか一発カウンターパンチを喰らわしてやろうとする主人公。そういったテーマの描き方も悪くなかったし、終盤に向けての緊張感やダークな結末が頭をよぎる展開など見応えがあった。もう少しシャープにテンポよくなってても良かったかな、という気もするけれど概ね満足です。

個人的にはマイケル・セラの登場は嬉しい。エルトン家での一連のシーンには、バカバカしいドタバタと痛快なアクションがあって、この辺りにはエドガー・ライトらしさがあった気もする。あとは、ケイティ・オブライエンは実に彼女のキャラクターにあったキャスティングで短い出演で印象に残る存在感なのは相変わらずなんだけど、少し勿体無い気もする。贅沢なキャスティングではあるけれど。もっと『愛はステロイド』のようなバリエーションのある役柄でも見てみたいという気持ちもあったりする。エミリア・ジョーンズも贅沢な使い方で、リアリティ・ショー好きなセレブリティを嬉々として演じていて、とても良かった。彼女がその後に思想バリバリになっていたりしても面白いし、結局以前と変わらず高級車を乗り回していても、それはそれで良い。

エンディングは今のアメリカにおいては、そうせざるを得ないというか…。陰謀系YouTubeすらもエンタメとして享受するわたし達への皮肉なのかもしれないけれど、そう言いながら結局、ひとは「アメリカーノス」を観るんだよね。

という事で、粗もあるし決して完璧ではないけれどわたしはとても楽しめました。

キャント・ドライヴ・ア・カー【映画】『コート・スティーリング』雑感。

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ダーレン・アロノフスキーの新作というよりも、ガイ・リッチー作品のような佇まいがあって、まずはその点が意外な印象だった。こんなタイプの映画も撮るんだなあ、と。豪華なキャスト陣も上手く作品の世界観に馴染んでいて、いかにも「こんなキャスト集めました」という嫌味がない。巻き込まれ型の展開もテンポ良く、100分程度にまとめているあたりも良い。話は逸れるけど、実はアロノフスキー作品は100分前後で収まっているものが多い。何となく作家性が強いフィルモグラフィから長時間の印象がありそうだけど、それも今回改めて振り返って気がついたところでもある。

とはいえ、やはりアロノフスキーらしくオブセッションに囚われた主人公の内面が描かれているし、一見すると痛快なクライムアクションでありながら、そういったスパイスが効いていて身体的精神的な痛みが潜ませてある。自身の過去における悔恨や「そうであったかもしれない輝かしい未来」或いは母親とのやり取りに見られる関係性、そして傷つけられていく身体…。そういった刺激が映画的な興奮を呼び起こす感覚。それはアロノフスキー作品独特の味わいであり、肌触りだ。

オースティン・バトラーのこの世ではない何処かを見つめているような眼差しが今作のハンク役にもハマっている。これまでの人生において、自身に付きまとう〝良くない流れ〟に、それが運命で逆らえないかのように身を任せながらも、最終的には決着をつけようとする展開にも、不思議なカタルシスがあった。

そして、猫ちゃんが可愛い。そんな映画でした。

物語はいらない。『私立恵比寿中学 新春大学芸会2026-SEIJIN CHUGAKUSEI GT-』雑感。

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という事でポーちゃん卒業以来のエビ中です。学芸会らしい楽しい2時間半でした。派手に大騒ぎするセトリは少なかった気がするけれど、ユニット曲やメンバーそれぞれをメインに据えたメドレー曲などもあって、今のメンバーでこれからも歩んでいくんだという事を肩肘張らずに見せてくれたような感じだ。エビ中というグループには、様々な歴史があり節目節目なライブに、何らかストーリーを見出してきた。その時々で苦難や逆境を跳ね除けるような熱いライブをやってきたのがエビ中だ。

しかし、今夜はそういった物語性を超えた、シンプルに今のエビ中としての有様をそのまま提示したような印象があった。ポーちゃん卒業以降のライブを観ていないのではっきりした事は判らないけれど、積み重ねられた新体制の活動のなかで最新のエビ中はアップデートされていったのだろう。だから、改めてそこに焦点を当てて意味を持たせる必要もなく、今のあるがままのエビ中を見せる事を優先し、MCもコーナー的なお遊びも削ぎ落としてシンプルに会場を楽しませるという一点に注力した姿がそこにあった。わたしは、それを良い事だと思う。脈々とグループを継続させていくためには、そういった「普通の形」が必要じゃないか。地に足のついたスタンスが大事なんんじゃないか、と。

真山さん、安本さんという初期メンバーがいて、色々あった時期を魂で支え続けた中山さんがいて、ココユノノカという転換期にやってきたメンバーとエマユナという新しい波がいて。そうして今いる8人がシームレスに繋がっている。グループ歴に関わらず、皆がそれぞれ自分のキャラクターと発揮すべき才能を自覚しながら最高のパフォーマンスを引き出そうとしているようにわたしには見えた。とにかく、8人全員が頼もしいのです。

ユニット曲もそれぞれが個性を発揮しながら2人が組む事によって生まれるケミストリーもあって、そういうのもエビ中らしいし、学芸会らしさでもある。キレキレなダンスを魅せてくれた桜木・桜井チーム、激しいボーカルがカッコ良すぎた安本・仲村チーム、魂を揺さぶるような中山・風見チーム、そしてちょっと意外な組み合わせと選曲で楽しませてくれた真山・小久保チーム。そのどれもが印象深い。中でも、小久保さんが「愛のレンタル」を歌うようになったか、というギャップも味わい深い。

メンバーそれぞれをフィーチャーしたメドレーコーナーも選曲はどうやって決めたのか、各人が希望したものなのかどうかは判らないけれど、とにかくエマユナがヤバい。特に桜井さんの「紅の詩」には圧倒されました。ほんと、いつも言ってるけど恐ろしい子ッ…!

新春らしい派手さが少し足りなかったような気もするし、もっと爆発的に盛り上がりたかった気がしない訳ではない。でも、気負うことなく、これが今のエビ中なんですよ、というメッセージとしては正解だったのかもしれない。とも思う。新曲は…まあ…味が出てくるのはコレからだという事で…。

それはともかく。例えば、今日もわたしが応援しているグループが活動を終える事を発表した。そのようにして、いつかグループに終わりは来るものだ。だからこそ、過剰な物語性を超えた「普通のグループ」として続けていくことがシンプルだけど大変な事なのだ、というのを改めて感じた夜でした。

火薬の残り香と共に。『BABYMETAL WORLD TOUR 2026 SPECIAL ARENA SHOW LEGEND METAL FORTH 1/10(土)さいたまスーパーアリーナ』雑感。

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いやー、楽しかったDeathね!キッパリと前半と後半に分かれたセトリも良かったし、まさかベビメタのライブで2時間近く演るとは思ってなかった。そんな嬉しい誤算もあって、満足度は高い。

わたしはBABYMETALを観るようになって10年程だけれど、その10年間だけでも色々あったなぁ、と感慨深くなる。東京ドームで初参戦。そして広島で迎えたSU-METAL聖誕祭。当日のYUIMETAL欠場から始まった道のりは、もちろん平坦ではなく多難ではあったけれど、例えばダークサイド期の7人体制もわたしは応援してきたし、その時その場所でのベビメタを愛してきたつもりだ。もちろん、それぞれ人によってスタンスに違いはあるだろうし、そういったそれぞれが持つBABYMETAL史を総括し、そして更なる向こう側へ歩みを進める為に、この夜があったような気がする。

SU-METALの喉の調子はもしかしたら完璧ではなかったのかもしれない。しかし、どの状態でもベストのパフォーマンスをするのだ、という意思のようなものを感じたし、なにしろ楽しそうな3人の姿を観ているだけで感情が昂る。それと、なんて言うのか、ポップである事に衒いなく向き合っているような印象も抱いた。客入れ曲にボン・ジョビやマイケルが流れていた事どどう関連付けられるかは判らないけれど、チームとして良質のエンターテイメントのパッケージを提供していく、という矜持を感じた。もしかしたら、それを変節と捉える人もいるだろうし、「あの頃のベビメタこそが最高なのだ」という意見も判る。そういう状況に陥った事で、応援していたグループから足が遠のいていった経験は、わたしにもある。けれど、BABYMETALに関しては、そういった変化を受け入れながら応援し、楽しんできた。正しいとか正しくないとかそういう問題ではない、ただそこにあるBABYMETALを自分なりに消化し、向き合ってきた。そういった諸々な感情が折り重なって、ふと涙が出そうになる瞬間もあった。最近はラジオ番組などで、「こちら側に降りてきている」のだけれど、必要以上に神格化されなくても充分に魅力のある3人なので、それによって何かが損なわれていくという心配はないと思う。そんなことを確信したくなる、そんなLIVEだった。

今日は超ピットの良い整理番号だったので珍しく最前の柵に掴まってステージを観ていた。すぐ目の前に来て煽ってくるMOAMETALやMOMOMETALを網膜に焼き付ける事ができる、そんな場所だった。それでも最後のあの曲だけは、後ろに下がってピットの雰囲気を味わうことにした。3人が楽しそうにLIVEをしているのを眺めるだけで、自分の身体の中にある淀のようなものが流されて、デトックスされるような気分になる。そして、最後に「すぅちゃぁぁぁぁぁん!!!」と叫んで会場を後にするのでした。年明けの狐詣り、とても、良かったです。

それを継ぐもの。【映画】『シャドウズ・エッジ』雑感。

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正月にはやっぱりジャッキー映画という事で。いやー面白かったなぁ!あの頃に観ていた香港映画の楽しさが詰まっているようなケレンと歳を重ねたジャッキーだからこそ滲み出るアクションの味わいが良い。ストーリー的にも新世代に任務における大切なエッセンスを引き継ぐような構成にもなっていて、それがありがちな世代間の衝突みたいな描かれ方ではないのも好印象だった。黄刑事と果果の擬似親子的な関係性とシャドウ側の人間関係は表裏の対になってもいて、ヴィラン側が魅力的に見える見せ方もバランスが良い。特に黄と果果とシャドウとの食卓の場面は、作戦が露見してしまうのではないかというスリルがある一方で、見せかけの人間関係に真実が溶け込に互いの関係性が濃密になっていく二重構造になっていて、あの場面は思わず拍手したくなるくらい見事だった。ちょっとした塩梅の違いで、甘ったるく陳腐なシーンになるところを演者3人のパフォーマンスの高さもあってそうなっていない。レオン・カーフェイも流石だし果果役のチャン・ツィフォンの繊細な表情の変化で心の機微を伝えるスキルが素晴らしい。

ジャッキーのアクションのキレは健在とはいえ、やはり老練さも感じるところもある。でもそれは当たり前のことで、70歳を超えたアクションスターとしてここまで完成度と満足度の高い作品を提供してくれている事には感謝しかない。トム・クルーズ同様、映画というエンタメに間違いなく大きな貢献をしているスターには感謝しかない。

エンディングロールに印象的なシーンがある。いわゆるジャッキー映画お馴染みのNG集やオフショットの中に、シーンを終えたチャン・ツィフォンにジャッキーが「皆に感謝を伝えて」と促す場面があった。おそらくはアクションシーンを支えているスタンドマンや相手役を敬う事を教えているのだろう。その場面を見てジャッキーがこれからの映画界、その将来を見据えて後進にしっかりとそのエッセンスを継承していくのだ、という意思を感じた。映画作りの仲間たちへのリスペクトを忘れないというシンプルだけど大事な心構えをきちんと紡いで行こうという先達としての責務。それを全うしようという明確な目的がそこには感じられた。映画のストーリー自体も、仲間と協力して任務を遂行する展開にカタルシスがあって、チーム動物園の面々へも自然と愛着が湧いてくる。

という事で、2026年、映画初めとして相応しい作品でした。