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その軽々しさに。【映画】『首』雑感。

映画『首』ファイナル予告【11月23日(木・祝)公開】 - YouTube

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予告編を観た時点でワクワク感は少なく、〝構想30年〟という煽りも良くも悪くも日本映画のよくない部分に引き摺られているようにも感じながら、それでも北野作品にこれまで多くの刺激を受けてきた者として半ば義務感のようなものを抱きながら劇場へ向かった。

うむ。面白くない訳ではない。ないけれど、北野作品を観たな、という満足感のようなものはない。森プロデューサーの不在がどれほど影響を与えているかはわからないけれど、やはりこれまでわたしが経験してきた北野作品とは何かが違う。画面のルックから滲み出ている〝角川映画感〟や音楽にも、言いようのない違和感を抱いてしまう。ノリきれない、カタルシスを感じられないというのが正直なところだった。冒頭で「首」というタイトルが出てくるところのある仕掛けも正直あれ?何かダサいな…と思ってしまったし…。

北野組オールスターズとでもいうべきキャスト陣(場面の少ない脇役も含めて)や唐突に斬り込んでくるバイオレンス描写或いはギャグの場面(秀吉、秀長、官兵衛のシーンのアドリブと思われるやり取りなどは声出して笑った)に〝らしさ〟を感じるところもあったし、戦国時代の謀略渦巻く展開も面白い。「どうせ死ぬけどな」という北野作品特有の死生観もあるし、だから映画としては多分良く出来ていたと思う。でも、なんかしっくりとこない。それは『監督・ばんざい!』や『みんな〜やってるか!』を観た時の「お、おう…そう来たか」という戸惑いとも違う。何か、根本的な何かが違ってきているように思えてならない。それを円熟というのかどうかは、今のわたしには判別出来なかった。

作中ではポンポンと首が斬られる。勢いよく刎ねられる首は、どうにも軽く見える。「首取ったど〜」と持ち上げられる首に重量感は感じられない。場面によっては発泡スチロールの塊くらいの重さに見えていて、「よく時代劇で首斬ってるけどよ、人間の頭って4〜5Kgあるんだぜ。持ち上げる時、もう少し重たく感じると思うんだよな」とビートたけしなら言いそうなものだけれど、本作では首はスパスパ切れるし、軽々しく持ち上げられる。

敢えていうのならば、その軽さは〝命の尊さ、重さ〟というヒューマニズム或いは〝首=面子を大事にする侍の価値観〟を嘲笑うようでもあり、ラストシーンのアレに見られるドライな描写に拭いきれない北野映画の証があったようにも思ったのです。