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楊夫人、中国4,000年の歴史。【映画】『アフター・ヤン』雑感。

『アフター・ヤン』

映画『アフター・ヤン』予告篇 - YouTube

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なかなか一言で言い切れないけれど、不思議な印象が残る作品だった。静謐という言葉がピッタリな空気とそこに映し出される映像も美しく、しみじみと感じ入るような〝読了感〟がある。

わたしにはこの作品に大きく3つの柱のようなものがあるように思えた。

1. 避けられぬ〝終わり〟へ向き合う事

人工生命としてのA.I.が抱くアイデンティティを巡るアレコレというのは『ブレードランナー』から続いているテーマだけれど、本作においてヤンはそんな苦悩を感じさせない。むしろ、自己の存在意義や〝終わりがある事〟に向き合わなければならないのはジェイクやミカ達だ。ジェイクが〝ヤンがそのアイデンティティに苦悩していたか=人間になりたがっていたか?〟とエイダに問うた時、「それはいかにも人間が思いつきそうな質問ね」と切り捨てられるように、それに向き合わなければならないのはわたし達の方なのだ。キラとヤンが向き合い禅問答のような会話をするとき、やがてくる終わり=死について救済されていくのはキラの方だ。ヤンの機能停止に我々が動揺するのは、そこにやがて自分達に訪れる死を見てしまうからなのかもしれない。そう考えるとキラがある種の達観をもって事態を見守っているのも納得できる。

2. 記録されるもの。すなわちメモリー

ヤンがその体内に記録している映像の断片はまさしくメモリー、すなわち(誰かの)想い出の数々だ。おおよそ、人の記憶は自分だけのモノのはずで他者と共有するものではないが、ヤンのそれは単なるデジタルデータでもある。だからこそ、持ち出したり圧縮したり解凍したりする事が出来る訳で、そうでなければジェイクやキラ(おそらくはやがてはミカも)がそれに触れる事は出来ない。それが可能となった事で、ジェイクは家族の記録を〝別な視点〟で体感する事が出来る。アーカイブされた記憶、想い出は短い断片の集まりで、それは人間の記憶と似ている。ただしヤンが切り取るメモリーの選択には、曖昧でグレーな線引きがある。その為に、それに触れた時に新鮮な感覚が生まれる。自分でも忘れていた瞬間がヤンのアーカイブに触れる事で呼び起こされる。冒頭の家族写真のシーンが様々な視点でコラージュされている場面をみた時に感じる不思議な心の揺らぎに浸る心地良さがあった。そして時折映り込むヤンの〝自撮り〟場面をみて、或いはエイダを見つめる〝視点〟をみた時に心が疼くのだ。

3. 引き継がれていくもの。

作中に溢れている中国というキーワード。ジェイク達がミカを〝中国へ繋ぐもの〟として育てようとする背景に何があるのかは別にして、そこには引き継がれていくもの、引き継がなければならないとの、について語られているように感じる。うっかりしていると中華思想というか華僑的スタンスというか、とにかく中国人4,000年の歴史の重みに足元を掬われそうな程の〝中国推し〟ではあったけれど、段々とそれはあくまでものモチーフに過ぎないと思えるようになる。もっと大きくアジアとは何か?(と実際に作中のセリフにもあったけれど)について語られている印象もある。韓国、アイルランド、ジャマイカ、東南アジアなど様々なルーツに持つ出演者、日本に縁深い音楽や小津オマージュ、服装。ヤンがアーカイブしていた自然の〝日常に存在する美しさ〟…などなど。ヤンが時にメンターとして、時に記録装置としてチャイニーズである事をミカへアダプトさせていく姿には、もっと普遍的で尊い何かを感じざるを得ない。引き継がれていくモノ、その行為にはある種の崇高さが存在している。ように思える。

 

こうした3つの要素を静謐な語り口で作り上げた96分は、とても心地良かった。

ココナダ監督が敬愛しているという小津オマージュ(あの電話の場面の正面を向いたショットの切返しが生むリズム、そのカタルシス)やブレードランナーオマージュ(〝記憶〟を再生したり巻き戻したりズームしたり)、わたしは未見なので気がつかなかったけれど『リリイ・シュシュのすべて』への目配せ(これは自分でも意外だったけれど「グライド」がとても良い)。そういったものが絶妙なバランスで配置されていた。ここぞという場面で鳴らされるアスカ・マツミヤと坂本龍一の音楽も素晴らしい。

ジェイク、キラ、ミカ、そしてヤンというそれぞれのルーツがバラバラな家族が、まるで接木のように繋がれて家族になる姿からは、アップデートされた家族像が見える。そしてそれは永遠ではないけれど、引き継いで脈々と続けていく事も出来るものでもある。

そして、限られた時間の中で大切にしなければならないモーメントが生まれる。4人で参加していたダンスバトルは終わった。次は3人部門、やがては2人部門でのエントリーとなるかもしれない。それでもきっとミカは踊り続けるだろう。ヤンが暴走気味に踊りをやめなかったあの日の記憶を繰り返し思い出しながら。